「じゃあサタンが密室にやってきたのお話をしてあげよう」
「……ああ」
「雪がちらつくクリスマス、家族が楽しくケーキを食べ笑いあう中サタンはやってきました。サタンがかぶっていた帽子を放り投げると、
それはホテルの密室でかつての妻に包丁を突き立てている男性にふわりと乗りました。
「困っているみたいですね」
サタンは云いました。
「いや、子供を『教育』とか言って虐待するような母親はこうなって当然だ」
男性は息を整えながら云いました。
「しかしこれで貴方が逮捕されれば、子供はたった独り取り残されてしまいますよ」
サタンは云いました。
「……確かにそれだけが心残りだ。とはいえ、元妻を殺してしまえば、確実に俺が疑われる」
男性は諦念したようなぎこちない笑みを浮かべています。
「では私から貴方へのクリスマスプレゼントです。ここにあるサンタクロースの衣装を着れば、貴方は子供たちが居る家から
家に瞬間移動することができます」
サタンは二着の衣装をどこからともなく取り出して云いました。
「ははっ。それはいい。それならここから遠くへ移動すれば俺のアリバイは確保されるな。よし、こうなったら着てやるよ……
って、赤白の服と黒の服? なんだ、どっちでもいいのか?」
男性は云いました。
「ええ、そもそも伝承によればサンタクロースは二人組だったのです。ですから──」
サタンが云い終わる前に、
「なら目立たない黒い方だ。これなら遠目にはコートに見えなくもない。これを着て──」
男性は有無を言わさず着込みます。
「……まあいいでしょう。そしてこのプレゼント袋を持てば、貴方に縁がある子供のもとに跳ぶので、為すべきことをしてください。
夜が明けるまで続きます」
サタンが大きな袋を手渡します。
「為すべきこと? 袋の中身を渡せばいいんだろ?」
男性が袋を受け取ると、部屋にはただ独り、胸から包丁を生やした女性だった存在だけが取り残されました。
「本来サンタクロースは二人組で、良い子には赤い衣装のサンタがプレゼントを渡し、悪い子には黒い衣装のサンタがお仕置きを
するものだったそうです。さて、あの人の行く先の子供たちは果たして良い子か悪い子か──」
……おしまい」
気がつくと男性の目の前に机に向かう見覚えのある子供の背中が見えます。
「(あの子は、まさか)」
男性が声をかけあぐねていると、
「ちぇ、あいつも使えないな。親の財布から盗ってきたのがたったの千円って。せめて五千円は盗ってこいっての。冬休み前に
ちょっと『教育』してやるか」
少年の独り言が聞こえました。
「(なんて……ことだ)」
男性は愕然としつつも無意識の内に袋に手を入れます。
そこで取り出したのは──
男性の手には見覚えのある包丁が握られていました。
サタンは云いました。
「ねえ、神様。こんな愉しい日に独り寂しい思いをしている人が居るんだよ? 貴方が平等を与えてあげないなら、私がそれをあげよう。
独り寂しい時間を過ごしている人の望みを叶えてあげる」
「本日ホテルで女性の他殺遺体が、遠く離れたアパートで子供の惨殺遺体が、そして公園で男性が自らに包丁を
突き立てた遺体が発見されました。三人は家族とみられ事件に巻き込まれた可能性があるとの警察発表があり……」
- 了 -
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