魂魄堂 書庫

- サタンが列車にやってきた -


「じゃあサタンが列車にやってきたのお話をしてあげよう」
「……ありがとう」
「雪がちらつくクリスマス、家族が楽しくケーキを食べ笑いあう中サタンはやってきました。サタンがかぶっていた帽子を放り投げると、 それは車椅子に乗ってゆっくり列車に乗り込む少女にふわりと乗りました。
 少女は車掌に切符を切ってもらうと、途端に眠りこけました。
 そして少女は病院のベッドに横たわっている夢を見ました。
 その傍らに黒い存在───サタンが佇んでいました。
『あなたは……だれ? ここは、どこ?』
 少女の問いにサタンは云いました。
『ここは夢の世界。どうやらこの列車の車掌に切符を切ってもらうと夢の世界に閉じ込められるらしいね』
『僕は眠らないし夢も見ない。だからこうして他の人の夢に行き来ができるみたいだ』
 少女は眉根を軽く寄せると半身を起こしてベッドから降りようとしました。
『……夢の世界でも私の脚は動かないのね』
 サタンは云いました。
『それは生まれつき?』
 少女は云いました。
『ええ、生まれつきまったく動けず、そしてずっと痛い。痛い。痛くてたまらないの』
『昔は自分で死のうとしたけど、この身体ではそれすらままならない』
 サタンは云いました。
『では君に良い医者を紹介してあげよう。ちょうどこの列車に顔色の悪い天才的な外科医が乗っているんだよ』
『君みたいな人生に絶望するほどの患者を治療することを生きがいにしているんだ』
 少女は云いました。
『もし夢の中で歩けるようになっても、起きたときその何倍も悲しくなるはず。死ねない私にはつらすぎる』
 サタンは云いました。
『この夢でその身に起きたことは現実にも反映されるのさ。尤も、この夢の支配者は現実になんて帰すつもりはないだろうけど』
『それでも、君が本当に歩けるようになってやりたいことがあるなら、それをはっきりと口にしてごらん』
 少女は云いました。
『正直何も信じられない……けど、良いわ、聞かせてあげる。私はどうしても脚を治してやりたいことがあるの!行きたい場所があるの!』
 少女は聞きました。
『──その言葉が聞きたかった』
 少女でもサタンでもない、誰かの言葉を最後に少女は再び眠りに落ちたのです。
……おしまい」

「私は、確か、電車に乗って、そして……」
少女は気がつくと列車には乗っておらず、まだ駅のホームにあるベンチにひとり座っていました。
時刻表を探そうとした少女は、車椅子に乗っていないことに気が付きます。
少女はそれができて当たり前のことのように自然な振る舞いで立ち上がるとゆっくり辺りを見回します。
「さあ、汝がやりたいことを為すがいい」
暗がりからなお濃い闇色をまとった人影が、ボロボロになった燕尾服を片手に囁いてきます。
すぐ横の階段を降りる長身痩躯の長く白い髪の男が自分に笑いかけて来た気がします。
汽笛が──鳴りました。

 サタンは云いました。
「ねえ、神様。こんな愉しい日に独り寂しい思いをしている人が居るんだよ? 貴方が平等を与えてあげないなら、私がそれをあげよう。 独り寂しい時間を過ごしている人の望みを叶えてあげる」

「私が行きたかった場所」
「私がやりたかったこと」
生まれて初めてとは思えない足取りで少女駆け出します。
汽笛が激しくなり列車が出発します。
少女は必死に、息を切らせて、苦しそうにに顔を歪め、楽しそうに目を輝かせて、線路に──

- 了 -

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