魂魄堂 書庫

- サタンが美術室にやってきた -


「じゃあサタンが美術室にやってきたのお話をしてあげよう」
「……ありがとう」
「雪がちらつくクリスマス、家族が楽しくケーキを食べ笑いあう中サタンはやってきました。サタンがかぶっていた帽子を放り投げると、 それは冬休みの美術室で独り寂しく精算している少年にふわりと乗りました。
 サタンは少年に云いました。
『クリスマスに独りで何をしているんだい?』
 すると少年は答えました。
『初めて絵画を描こうと思っているのです。』
 サタンは云いました。
『君は美術部員だろう? 今まで描いたことがなかったのかい?』
 少年は云いました。
『元々漫画とかイラストを描いていて……でも昨日始めて有名なムンクの「叫び」を観て。あの叫んでいる姿を観て、 僕もちゃんとした絵画を描いてみたいと……』
 サタンは云いました。
『……なるほど。でもあんまり筆が進んでいないみたいだね』
 少年は云いました。
『絵画って初めてだから何をどうしていいのか解らなくて。やっぱりもっといろんな絵画を観てからにしないと 取っ掛かりがないかなって』
 サタンは云いました。
『……確かに君にはいろいろと足りていないことが多いようだね』
 少年は云いました。
『昨日観たムンクの「叫び」とダ・ヴィンチの「モナリザ」と、ピカソの「ゲルニカ」くらいしか知らないんですよね』
 サタンは云いました。
『……じゃあ私からのプレゼント。この絵筆ケースをあげよう』
 少年は云いました。
『何が入っているの?』
 サタンは云いました。
『……君に多くの経験を。そして素晴らしい先達の筆致を。だが気をつけ給え。時には触れてはならぬものがある』
 少年は云いました。
『これは、筆?』
 ……おしまい」

「ああ、これがモネの『睡蓮いう幻想、何という色彩。それがこのように描かれていくのか……」
「それにしてもこの絵筆ケースは素晴らしいや。開ける度に道具が入っていて……」
「持つだけでキャンバスに名画が描かれるなんて……」
「絵画の知識が無い僕でも、理解ができる……」
「次はなんだろう……テレピン油?」
「ああ、これはドガの『三人の踊り子』か……」
「次は……次は……」


……
「先日中学校の美術室で亡くなっていたのはこの学校の美術部に所属する……」
「事故? 病気?」
「近くに凶器があったみたいで……」

 サタンは云いました。
「ねえ、神様。こんな愉しい日に独り寂しい思いをしている人が居るんだよ? 貴方が平等を与えてあげないなら、私がそれをあげよう。 独り寂しい時間を過ごしている人の望みを叶えてあげる」

「それにしてもこの絵はその子が描いたのかな。こっちにはムンクの『叫び』があるぞ。叫んでる姿が迫力あるな」
「ああ、あれは叫んでる姿じゃなくて、後ろに描かれてる人たちの噂話に耳を塞いでる姿らしいですよ」
「へえ、そうなんだ。お、こっちにも見事な『ひまわり』が──

- 了 -

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