「サタンが映画館にやってきた、のお話しをしてあげよう」
「楽しみじゃな」
「雪降るクリスマス、家族や恋人たちが仲良く行き交う中、サタンはやってきました。
背負った黒い袋から赤と黒に彩られた靴下を、そっとビルの屋上から落としたのです。
それは独りの老人の頭にぱさりと乗りました。サタンが老人に近づくと、老人は寂しげに
独り佇んでいたのです。
サタンは老人に云いました。
『どうしてそんなに哀しい顔をしているんだい?』
すると老人は答えました。
『いま見ているこの映画な、父親が居ないせいで苦労する女の子の話なんじゃ。それでワシの
孫が似たような苦労をしてるのを思い出してな』
サタンは云いました。
『ああ、知らずとはいえ父親似のテロリストの手伝いをしてしまって、最後には殺されてしまった少女のことかな』
老人は云いました。
『そうか、有名な話だからな、知っていたか。その事を思い出す度に、ワシのせいで父親を亡くさせてしまったのが
悔やまれてな』
サタンは云いました。
『父親はどうして亡くなったの?』
老人は云いました。
『ワシがちょっと目を離した隙に通り魔に襲われてしまったんだ』
サタンは云いました。
『それは悲しいね……じゃあいいものをあげよう』
そういうとサタンは黒い袋から小さな封筒を取り出しました。それは赤と白の星が
散りばめられていて、中には1枚の黒い紙が入っていました。
『これは貴方のためのチケット。この黒いチケット、よく見たら小さく日付が書いてあるよね? このチケットを
使えばこの日付の時間に入場することができるのさ』
老人は云いました。
『嘘に決まってる……はずなんだが、否定しきれない説得力があるな』
サタンは云いました。
『騙されたと思って、このチケットを使って再入場して見てはどうかな。映画は観てみないと面白さは
解らないし、それがハズレでも映画ってそういうものだよね』
それから老人はチケットを片手に再び映画館に入ったのです。そして分厚い扉を開けた向こう側には懐かしい空気と
町並みが広がっていました。老人が記憶を頼りにとある空き地へ行くと、そこには昔失った懐かしい少年と、見知らぬ
スーツ姿の人がいたのです。老人は咄嗟に身体が動きました。もしかしたら自分の身体も若返っているのかも
しれません。
驚く少年の顔を横目に老人は男の後頭部を、いつのまにか持っていた無骨なモーゼルC96の引き金をひきました。
スーツ姿の後頭部が果物のように弾けて男は壊れたブリキの人形のように崩れ落ちます。少年は何が起きたのか解らないまま
座り込んでいます。その顔を見た時、老人は違和感を感じたのです。
サタンは云いました。
『ねえ、神様。こんな愉しい日に辛い思いをしている人が居るんだよ? 貴方が平等を与えて
あげないなら、私がそれをあげよう。みんな一緒に貴方の許へ送って上げる。それなら誰も
哀しい思いはしないから』
……おしまい」
「これであの子は助かったのか?」
「貴方は望みましたね。自分の孫娘が幸せになるように、と」
「ああ」
「そうそう」
「だからボクは貴方にその孫娘が幸せに過ごしているところを観てもらおうとチケットを渡したんだ。
孫娘の幸せはなんだと思う?」
「わからん」
「それはね、自分の子どもが元気に育つように、ってことさ」
「な、まさかあれは……」
「貴方の大事な孫娘が息子と一緒に空き地で遊んでいるのは幸せな映画のワンシーンに相応しいと思いませんか?」
そしてサタンは黒い袋からエンフィールド・リボルバーを取り出して老人に手渡しました。
老人は撃鉄を引き上げ───
- 了 -
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