とある繁華街の喧騒の中、酔った躯に身を任せ俺は歩いていた。今日は週末、みな酒をかっくらい正体を無くしている。勿論、この俺も例外じゃあない。
来週になればまた朝早く起き、嫌な上司に逢うために会社に行かなきゃならない。
・・・・・・何て人生だ! 俺ぁこんな人生まっぴらだ! いつか女をはべらせて酒を呑んでばかりの生活をしてやる・・・・・・
なぁんて言ってた時もあったっけな。いつのことだったか・・・・・・忘れちまう程昔のことだ。まあ、そんなことはどうでもいい。今の俺は思う存分酒が呑めて満足してるんだ。家に帰っていい夢でも見よう。
そう・・・・・・俺から仕事と酒を取ったら、後に残るのはどうしようもない夢だけだ。女を抱いてる夢、酒を呑んでる夢、そうそう嫌な上司にコピーをとらせる夢なんてのもあったな。
「あんた、人生を変えようとは思わんかね・・・・・・」
何だ? 俺に言ってるのか・・・・・・何処だ。
見回すと、生ゴミしか置いていないような路地の脇に薄汚い婆さんが座っているのが見える。電球が切れかけてチカチカ光る電灯が、その姿を俺に見せている。
俺に何か用かい?
俺は胡散臭気な顔をする。婆さんは俺の顔を見ると、満足げに頷いた。
「あんたは運がいい・・・・・・ワシがあんたの相をあんたの望むように変えてやるぞ」
この婆さんは何を言ってるんだ? 俺の相を変える? ・・・・・・ああ、何だそうか。占いの婆さんか。俺に占いをしろってか? いいだろう、なんと言っても今の俺は機嫌がいい。
じゃあ、やってもらおうかな。
「そうかえ・・・・・・ふむ」
婆さんは取り出したカード、確かタロットとか言ったっけ、それをテーブルに並べだした。さすがに見事な手さばきだ。俺が見とれているうちに目の前にカードが並べられ、婆さんはそれを一枚一枚めくっては唸っている。
「お主・・・・・・現状に満足しとらんな?」
一通りカードをめくり終え、俺に言う。
ああ、まあな。しかし、今の自分に満足してる奴なんてそうそういるもんじゃないぜ。それぐらい俺にも解る。
「まあ、そうじゃな・・・・・・しかしこれは下準備。ワシの仕事はここからじゃ。さあ、どんな人生がいい? ワシが変えてやるぞ」
へえ、俺のつまらない人生を変えてくれるって? それが本当ならぜひ変えて貰いたいね。
そうだなあ・・・・・・
変わるはずがないとはいえ、考えてみるとなかなか思いつかねえな。金がうなるほどある人生か? それとも・・・・・・
「ちゃんと考えるのじゃぞ。つまらぬ事を言うと、つまらぬ人生になってしまうからな」
何を言ってやがる・・・・・・ん?、そういえば若い頃の夢ってものがあったな。さぞかし驚くだろう。
そうだなあ・・・・・・毎日酒を呑んで、いい女を抱いてばかりいる人生がいいな。それ以外のことはしたくねえ。
「ほっ! 中々正直な男じゃの、酒に女か」
大して驚かねえな。まあ、酔った男の言うことだ、聞き流してるに違いねえな。
「では、この水晶を覗いて見るがいい。願いを思い浮かべながら」
いつの間にか婆さんの手に透明な玉が乗っかっているな。
何が水晶だ! こんなものガラス玉だろうが・・・・・・まあいい、見てやるさ、何が見える・・・・・・? 何ってそりゃあ、俺の薄汚え顔さ。決まっているだろう。
・・・・・・ほおら、俺の顔だ。うんざりするほど見ている俺の顔さ。
あ? おい婆さん、テーブルを揺らすなよ。何? 俺が勝手に揺れてるって?
そういやあ婆さん、あんたも揺れてるぜ。
何か、眠くなってきたぜ。悪りいな、もう帰らせてもらうわ。
ああ、たまらなく眠い・・・・・・
うう・・・・・・身体がだるい。頭ががんがんする。昨日はちいとばかり呑みすぎたからな。昨日・・・・・・? 昨日何があった? 思い出せねえ。
今は何時だ? いや、それよりここは何処だ?
起き上がって辺りを見回す。見覚えのあるテーブルに酒瓶とグラスが乗っていてここまで匂ってくる。
何だ、俺の部屋か・・・・・・まだ陽は昇ってないようだな。
寝直すか・・・・・・ん、何だ?
俺の隣に誰かいる。俺は布団をめくってみた。布団の下には、女が素っ裸で寝ていた。長い、それでいて艶のある髪が俺の目を釘付けにした。肌の色は透けるように白い。こぼれんばかりの胸が上下に隆起し、細長い両脚の付け根が食指を誘う程の匂いを発していた。
「あら・・・・・・起きたのね」
ぞくりとする程の艶のある声だ。
あんたは・・・・・・ん!
やけに紅い、温かい唇が俺の口を塞ぎ、舌がねっとりと絡み付く。
「さあ・・・・・・続きを始めましょう・・・・・・」
女の腕が俺の首に巻きつく。女は豊かな胸を俺に預け、俺達はゆっくりと倒れこんだ。 あの婆さんの仕業か? 快楽の波に巻き込まれながらそんなことを思った。それも一瞬のことだ。俺は思う存分、女の身体を貪った・・・・・・
俺はふと目を覚ました。辺りを見回すと、さっきと同じようにテーブルがあり、その上には酒瓶がある。やはり俺の部屋だ。
どうやら寝てしまったようだ。隣を見ると、さっきまで俺に抱かれていた女が寝息を立てて眠っている。それにしてもいい女だ。
「あら・・・・・・起きたのね」
女はさっきと同じように俺に唇を重ねる。
「さあ・・・・・・続きを始めましょう・・・・・・」
俺はその言葉に逆らわなかった。そして俺は再び女を抱いた。女が俺の背中に爪を立て、ひときわ高く声を上げると動かなくなる。気絶したのか疲労のためか、女は静かな寝息を立てている。 俺も何だか眠くなった。意識が深い底に沈んだ・・・・・・
目を開けると、そこはやはり俺の部屋で隣には女が寝ている。一体、いつからこうしているのだろう? あれからどの位時間が経ったんだ?
「あら・・・・・・起きたのね」
女が目を覚ました。次の台詞は解っている。
「さあ・・・・・・続きを始めましょう・・・・・・」
俺はありったけの理性を振り絞り、女の口づけを拒否した。
「どうしたの?」
俺達はいつからこうしている!? あれから何日経った!? お前は誰だ!? 何故ここにいる!?
俺は立て続けに質問を浴びせた。俺は何故か女と目を合わせることができなかった。・・・・・・正直言って俺は恐かった。答えを聞くのを。
「あたし達は昨日からこうしているじゃない。さあ、昨日の続きをしましょう」
昨日だと!? あれからまだ一日と経っていないというのか? あれだけ女を抱いたのにか? 俺には訳が解らない。もう、この女を何度抱いたのかすら解らない・・・・・・
いつまでだ・・・・・・いつまでこうしていればいいんだ!
「ずっとよ・・・・・・それがあなたの望み。あなたはずうっとあたしを抱き続けるのよ」
ずっと・・・・・・死ぬまでか?
「いいえ、もうあなたは『死なない』わ。ずっと同じ時の中にいるの」
同じ時? なんでだ? 俺はそんなこと望んじゃいない・・・・・・望み? あの婆さんが・・・・・・まさか? そんなことが・・・・・・
俺は女を振り切って服を着、外に出た。外はまだ暗い。
俺はひたすら走った。こんなに走ったのはいつ以来だろう? やがて、あの婆さんがいた辺りに着いた。だが婆さんはいない。場所が違うのか? あちこちを走り、探した。見つからない。
「人生楽しんでいるかね」
後ろの暗がりから声が聞こえた。振り向くと、あの婆さんがさっきと同じようにたたずんでいた。
これはどういう・・・・・・
地面が揺れた。地面だけじゃない視界にある総てが揺れていた。景色がぐるぐると回り、総てが闇に包まれた・・・・・・
「何か見えたかね?」
婆さんの声で我に返る。気がつくと俺はあの婆さんの前で水晶とやらを覗きこんでいる。見えるのは当然俺の顔だ。何の変哲のない・・・・・・
どうなっているんだ? あれは・・・・・・夢か?
「ふむ、どうやら新しい人生を垣間見たようじゃな。だがの、今の人生も悪くはなかろう? 不満があれば自分で変えていくのじゃ」
俺は呆然としていた。そういやそうだ、考えてみれば今の俺は気分がいい。だったらこれでいいじゃないか。
俺は婆さんに金を払い家路についた。すっかり酔いが醒めてしまったようだ。家に帰って呑みなおそう・・・・・・夢ってのは現実の狭間に見るからいいんだな。夢が現実になったら、現実はどうなる・・・・・・? 夢の中での『夢』になるのか・・・・・・
俺が考え込むなんて珍しい。我ながら可笑しく思える。
久しぶりに心の底から笑いが込み上げてきた。さあ、寝よう。明日は仕事なんだ。今日はぐっすり眠れそうだ・・・・・・
俺は服を脱ぐのもそこそこで布団に潜り込んだ。
深く息を吸い込むと目を閉じる。
不意に、温かいものが俺の口を塞いだ。
まさか・・・・・・
目を開けると、見覚えのある女が妖艶な笑みを浮かべていた。
「さあ・・・・・・続きを始めましょう・・・・・・」
- 了 -
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