「ごほり」
僕は胸を病んでいる。生まれてすぐにこうなった。だから一度も外で遊んだ事も無いし、旅行に行ったことも無い。
僕はずっとベッドの中に横たわっている。僕の廻りの景色はいつも同じ。見慣れた天井と、薄暗い部屋。すえた空気が
鼻につく。
汗を吸った布団が躯に纏わりつく。鬱陶しい。
「ごほ、ゴホ!」
躯が撥ねる。陽光に照らされ埃が宙に舞う。咽喉がぜひぜひと痙攣する。咽喉に手をやる。熱く火照っている。
僕は何故生まれたのだろう。咳をする事以外何もする事が出来ない。当然仕事は出来ないし、結婚も無理だろう。
ただ咽喉を引き攣らせるだけだ。
人は生まれた以上、必ず役目が在る筈だ。僕の役目は何なのだろう? 僕に残されたのは咳をする事だけ。
「ゴほ、ごほごホ」
まさか、これが、
「ゴホ」
僕の、役目?
まさか。でもそれ以外に考えられない。他には何もする事が出来ないのだから。僕はこうやって布団に入りながら、
咳をし続ける。いつまでも天井を見上げている。これが僕の役目。これで咳をするのを止めたらどうなるのだろうか。
世界の終末? 天変地異? それとも・・・?
もしかしたら僕は世界の命運を握っているのかも知れない。僕自身明日をも知れない躯だというのに。もし僕が死んだら
世界はどうなるのだろう。試しに咳を我慢してみようか・・・
そんな事を考えると、とても楽しい。少なくとも僕の咳は、僕を楽しませるのには役に立っているようだ。
「ごほっゴホごほごほ」
今日も僕は咳をし続ける。
世界をこの手に握りながら。
僕はパンドラの匣を手に入れたのだ。
「ごほり」
- 了 -
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