魂魄堂 読了書覚書 - 依衣貴裕 -


■記念樹
東京創元社 1990/06/25 初版
本体価格 1400円
2001/10/31 記録

「ミステリ・マニアというのは、これだから困る」

「メモリアル・トゥリー」という言葉が思い出される。だけど、それが何だったのか、どこで 聞いたのかを思い出すことが出来なかった。ゼミのメンバで旅行に行く直前、メンバの 1人が車に跳ねられそうになる。もしかしたら殺人未遂なのでは、などと話しながら旅行は 無事に終了する。だがある日、旅行に同行したゼミのメンバから別のメンバに電話があり、 その最中電話を掛けてきたメンバが何者かに襲われたような声の遺して屍体で発見される。

ちょっと梗概が難しい。何気ない日常の中に巧妙に伏線を張り巡らせている。序盤は 一見事件とは全く無関係に思わせつつ、実はそうではなかった。事件への伏線であり 物語への伏線でもある。

人物や舞台設定はありがちで、人物の書き分けも未熟に思える部分があるが、そんな 事がまったく気にならない程にプロットが良く練られているのだ。デビュー作にしては、いや、 デビュー作だからこそ渾身のプロットなのだろう。

フェアでありながら複雑なプロットを構築するのは至難の業である。通常はプロットに 拘れば拘るほど、フェアから遠ざかってしまうものだから。その両方を保ちつつ、かつその両方 の質を落とさない事の難しさは推して知るべし。

「ジョジョの奇妙な冒険」の第4部を思い出す─── ってこれじゃ書評にはならないか。


■肖像画
東京創元社 1995/04/25 初版
本体価格 1900円
2002/01/21 記録

「ぼくは先に帰ります」

有名女流作家からの招待を受け、理と秀之は彼女の住んでいる館に向かう。 もう1人の招待客と、作家の姉と妹、そして妹の婚約者と云う少人数のパーティが 行われるはずであった。だが、そこで過去に凄惨な事故が起きた事を知らされ、 そして姉が事故で死んだはずの人間が生きていると主張し始め、そして事件が 発生する。

導入がやや不自然な印象を受けたものの、中身は細かい伏線が自然体で 張り巡らされており、静かに進められる歌劇が最期になって壮大なオペラに 変貌してしまったかのような印象を受けた。

はっきりいって全体的に地味である。事件そのものは結構派手なのだが、 登場人物が淡々としているせいか緊迫感が感じられない。普通ならそれは マイナス要素になると思うが、ここでは逆にそれが静謐な世界観を創り出している ように思える。

喩えるなら『霧越邸殺人事件』や『凍える島』のような。一種独特な閉鎖空間の 中で進む事件。そして細かい伏線に支えられた大胆なトリックには感嘆を禁じ得ない。 トリックの中核そのものは割と解りやすいのだが、やはりレッドへリングが巧妙である。

静かなる大伽藍。


■歳時記
東京創元社 1991/09/30 初版
本体価格 1600円
2002/03/03 記録

「名前シリーズ!」

現職の警察官から、ある小説を託される多根井。それは自殺したのだと云うある女性自身が 登場するミステリィだった。そしてそれは、自殺した女性が現実に関わったと思われるある事件を 下敷きに書かれていたのだ。

淡々とした文章に騙されそうになるが、やはりこの作者あなどり難し。今回も複雑なプロットを 組んで読者に挑戦してきます。でも今回の仕掛けは流石に解りやすかったと思う。それにフェアを 貫くためか、大文字の仕掛けに関してのヒントを出しているので、殆どの読者が作者の仕掛けに 気が付いただろう。

でもそれは、作者が仕掛けた罠のひとつに過ぎず、仕掛けられた伏線とプロットはそれだけでは ないのだ。それが逆に仇となって、最期の辺りは説明っぽくなり過ぎていると思うのだけど。それに ちょっと引っ張った割に動機がつまらなすぎでは。


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