魂魄堂 読了書覚書 - 横溝正史 -


■金田一耕助の帰還
出版芸術社 1996/05/25 初版
本体価格 1600円
2002/02/14 記録

「いやあな、金田一先生」

・・・・・・金田一耕助ってこんなにおろおろするキャラだったっけ?

「毒の矢」
金田一の元に「黄金の矢」を名乗る脅迫者からの手紙を貰った人物が相談にくる。 手紙にはある人物に対しての脅迫文があったが、問題はその手紙が間違って配送 されてしまった事であった。

プロットは悪くないけど、トリックがちょっと読者に伝わりにくいのではないだろうか。小説 とは云え、ある程度のリアリティは必要だし、だとするともうちょっと読者にも納得できるような 見せ方をして欲しかった気がする。

「トランプ台上の首」
いつも河に船を浮かべて、川沿いの家に総菜を売り歩いている男が、いつも買いに来る お得意さんが来ないのを不審に思って部屋を覗くと、そこには台の上に置かれた生首が。

謎の提示と導入部のインパクトは短編とは思えないほど。普通なら胴体を遺して頭部だけを 持ち去るはずのに、そうしなかった理由についても説得力がある。ストーリィ展開に於ける プロットも秀逸だが、事件の鍵となるある事柄を見破るのに専門知識が必要となるのが 惜しいかも。怪奇的雰囲気を出したかったのかもしれないけど、他の方法も採れたはず。

「貸しボート十三号」
湖に漂う貸しボートの中に、男女の遺体が載せられていた。問題はその男女の首が、なぜか 中途半端に切断されている事と、男が猿股のみという妙な格好だった事である。

ホワイダニット。どうして、こんな事を。しかしページ数が短すぎるせいか、重要な証拠が やけにあっさりと見つかってしまったし、ちょっとした聞き込みで重要な事があっさりと知れてしまった のは勿体ない気もする。

「支那扇の女」
夜回りをしていた警察官が、突然裏口から飛び出して来た不審な女に出逢う。女を 追いかけている内に、女が線路に飛び降りようとした処を何とか留めたが、女は狂乱して おり、事情を訊くために女の家に向かうのだが。

ミステリィというよりホラーな感じ。じわりじわりと何かがまとわりつくような、そんな恐ろしさがある。 ミステリィ的展開ではあるのだが、純然たるトリックがあるわけでもなく、プロットというより純粋な 読み物として、私の評価は高い。最期はちょっと情報提示不足かも。

「壷の中の女」
壷の中にすっぽりと入り込んでしまう芸を持つ女が居た。マネジャの男は、ある壷蒐集家に 仕事で使っていた壷を売ったのだが、買った男が部屋で殺されてしまう。事件を目撃した 者は、何者かが壷の中に入ろうとしているのを見たという。

うーん、事件の異形さの割にプロットがありきたりというか、ありきたりというか。伏線らしい 伏線も在ることはあるが、それが発揮されるのは最後の最期になってからで、折角の伏線も あまり意味を為していないように思う。もうちょっとページ数を使って欲しかったかな。

「渦の中の女」
金田一の元に、脅迫状を携えて独りの女性が相談にくる。彼女は結婚する以前に あるパトロンが居たが、配偶者の医療費を借りにパトロンと寄りを戻すが、その事を 謎の密告状によって配偶者にしられてしまう。

複数の事件が平行に進展し、それらが微妙に交差し合うという絶妙のプロットが 素晴らしい。最初の印象は「毒の矢」と似ているかも知れないが、その完成度に おいてかなりの違いがあるだろう。意外性のある犯人や、細かい伏線がこの枚数に 無駄なく収まっている。

「扉の中の女」
水商売の女が深夜、仕事帰りに横道から飛び出てきた男とぶつかってしまう。そこで 女は血に染まった帽子ピンを拾い、横道の奥にある扉の前で女が死んでいた。死んでいた 女は顔見知りで、その傍には妙なメモが遺されていた。

といってもダイイングメッセージではない。どちらかというと暗合ものだろう。偶然性の強い 事件だが、ちょっとプロットがぎこちなく牽強付会の印象が残る。問題のメモにしても かなりはっきりとした特徴があるために、読者にはあっさりと解ってしまい、サプライズが やや薄れてしまうのも残念だ。

「迷路荘の怪人」
ある富豪が所有していた山荘がある。そこを改築し、新たに旅館として開店する前に 以前の山荘の持ち主と金田一を招待する。だが、現在の所有者と以前の所有者の 間には並々ならぬ確執があった。

古き良き時代の金田一作品、という印象。プロットよりも作品全体の雰囲気に優れ (プロットが劣っているというわけでもない)、癖の強い登場人物やゆっくりと忍び寄る 怪人と、馴染みのある金田一らしい作品。

終わり際の遣り取りがとても印象深く、薄ら寒い雰囲気が独特な文章と相まって ブラックな感じ。ミステリィとしてはいささか物足りないというか、情報が隠されすぎている ような気がして、読者を置いてきぼりにしているようにも思える。しかし作品としては、 流石に金田一耕助と思わせるだけのものに仕上がっている。


■金田一耕助の新冒険
出版芸術社 1996/05/25 初版
本体価格 1600円
2002/03/24 記録

「いや、ちょっと実験をしていたんですよ」

「悪魔の降誕祭」
所用で出かける金田一の元に調査依頼の電話が入る。金田一は戻ってくるまで部屋で 待っているように云い、暫くして戻ってくると部屋の中で依頼人らしき女性が死んでいた。

人間の心理描写や動機に関する部分は面白いのだが、肝心のトリックがどうもね。随分と 偶然性が強い気もするし、何より金田一の犯人指摘の方法がフェアじゃない気がする。 悪くない伏線もあるものの、もう少し中盤をきっちりと纏めて欲しかったかな。

「死神の矢」
ある博士の娘に3人の青年が求婚していた。そこで博士は、船上からの流鏑馬に成功した 人間を娘との結婚を認めると云い、誰もが成功しないと思っていた中、1人の青年が成功する。 だがその時使われた矢が盗まれ、その夜、流鏑馬に挑戦し失敗した青年の胸に突き刺さっている のが発見された。

これもトリック自体は後付というか、余り重要視されていない作品。ハウダニットではなくホワイダニット と云えるだろう。プロットはとても素晴らしいのだが、いかんせん伏線らしき物が殆ど張られていない。 謎が魅力的な割に、いきなり真相を突きつけられてしまい、ちょっと物足りなさを感じてしまう。 心理的な伏線は結構あるんだけど、やはり物理的な伏線がないとね。

「霧の別荘」
ある別荘地に呼び出された金田一は、深い霧の中で漸く案内人と遭遇し目的地へと 到着する。しかし中からは何の返答もなく、ふと窓から中を覗いてみると、女性が死んでいるのが みえた。だが、金田一が警察を呼んで戻ってきた時には、女性の死体はおろか、その痕跡すら 発見できなかったのである。

冒頭からなかなか面白い展開を見せる。いきなり金田一が事件の渦中に存在する事は 滅多になく、それだけに破天荒な金田一がどんな反応を示すのかが楽しみだった。まあ、トリック 自体は珍しいものでは無かったけど、このページ数で巧くプロットを纏めているし、物語性も 悪くない。それになかなかに巧い伏線が張られているのも見逃せない処だろう。

「百唇譜」
警邏中の巡査が不審な車を発見する。数時間前から路上駐車された車だったが、ふと みると地面に血痕らしきものがある。機転をきかせて車のトランクを開けると、そこには 死体が詰め込まれていた。

これは凝ったプロットだ。しかし肝心の伏線が最後の最期にならないと出てこないのは 非常に勿体ないのではなかろうか。この伏線ならもっと前に設置する事も可能だったし、 その方が完成度も高くなっただろう。

「青蜥蜴」
とあるホテルのボーイが外から鍵が差し込んである不審な部屋に入ってみると、そこには 全裸で縛られている女性が。助けを求める女性の躯には、マジックで書かれた不気味な 蜥蜴のイラストが。そして暫くして、別のホテルで同様のイラストが書かれた他殺死体が 発見される。

なかなか巧いトリックを用いているかな。しかしながら相変わらず警察が無能すぎる。 いくら名探偵を引き立たせるためとは云え、捜査がずさんすぎると興醒めになってしまうな。 それに最期に明かされる蜥蜴の意味が牽強付会すぎる上に、物語上、何の寄与も していないのも残念だ。動機の点も少し弱く、トリックのためのトリック的な話。

「魔女の暦」
謎の招待状を貰い、あるストリップ舞台を鑑賞する金田一。その金田一の眼前で、 演技中の女優の胸に吹き矢が刺さり、女優は死亡する。その吹き矢は共演していた 俳優が使っていた小道具だったのだが。

文章がいつもと違い、途中で犯人らしき人物の一人称の描写が挟み込まれていたりと 凝ったストーリィ展開になっている。短編にしては人間関係も複雑で巧妙だし、 提示された謎も面白い。

しかし謎を解決するために必要な情報が最期にならないと提示されなかったり、 犯人や被害者の行動を推論レベルで留めてしまったりと、イマイチ締まらない。 もう少し練って欲しかった。

「ハートのクイン」
ある女性が、数ヶ月前に交通事故で死んだと云う亭主について相談にくる。死んだ男は金田一の 知己であり金田一は女性の奇妙な体験を聞くことにした。

プロットは秀逸だが、それに迫る探偵が推論しか出せないというのはちょっと残念かも。 とは云っても、推理小説の探偵なんてみんな推論しか出せないだろうか、それは仕方ない 事なのかも知れない。

二転三転する展開や、細かい伏線が光り、ネタとしては流石に解ってしまうのは 時代的に仕方ないとはいえ、前半の謎めいた物語からぐいぐいと引き込まれてしまう。 ラストがややあっさりしすぎているように思えるのは、短編だからなのか、それとも作者の 意図する処なのか。


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