魂魄堂 読了書覚書 - 恩田陸 -


■ライオンハート
新潮社 2000/12/20 初版
本体価格 1700円(税別)
2001/08/02 記録

「───覚えて、いてね」

時代を超えて語られる男と女の出逢いと別れ。いつか夢見たあの人と、きっと人生の間の いつか出逢うだろう。それが再び永い別れの始まりだと解っていても。出逢ってもほんの 刹那の間しか一緒にいられなくても。

短編集、それも連作になるのだろうか。それぞれが独立した時代に於いて語られているが 根底にあるテーマが一貫しているので、私は当初これが短編集だとは思えなかった。 まったく1つに繋がった長編だとばかり思いこんでいた。

恋愛小説、と云うにはとても物悲しい。邂逅と別離が運命づけられているから。 それでも彼らはまた違う人生でお互いを求めあう。容姿や性格なんてものではなく 魂そのもので繋がっている相手が居る。何の迷いもなく、そしてそのために人生の総てを かけられると云うのはとても羨ましい事だ。

悲哀の物語、と前述したが彼ら自身はそうは思っていない。戸惑い、そして深い悲しみに 晒されながらも最後には充実感と達成感に包まれる。

どうしてそんなに喜べるの?

ふとそう思う。
決して報われないじゃないか。
でも彼らは不遇なわけじゃないのだろう。
彼と彼女はいつまでも。
メリーゴーラウンドのように。
いつまでもいつまでも。


■puzzle
祥伝社文庫 2000/11/10 初版
本体価格 381円(税別)
2002/01/30 記録

「さまよえるオランダ人、か」

廃墟となって打ち捨てられた島の学校で餓死屍体が発見される。同時に 同じ島の高層アパートの屋上に墜落屍体が、映画館では感電屍体が。 それぞれの死亡時刻はほぼ同時。この誰も居ない島で何が起こったのか。

提示された謎だけでわくわくする。孤島ものではあるが、島で見つかったのは 屍体だけ。殺人にしては不自然だし、事故死にしても無理がありそう。 舞台のモデルは軍艦島なのだろうけど、その静寂な世界、まさに誰も居ない 死の世界の描写が巧い。

屍体を除けば登場人物は2人だけなのだが、その2人の会話もどこか 寂寥感に満ちている。この島で何が起きたのか・・・・・・淡々と世間話に 興じていると思わせて、一気に話の確信に触れてくる。

この少ないページ数においてこそ有効な手段であろう。ミステリィ的には 少し物足りないかもしれないが、物語としてはとても完成度が高い。伏線も しっかりしているし、やはり人物描写が桁違いに巧いのだ。

完全に閉じられた環の世界であり、硝子に封じられた静謐の世界である。


■ユージニア
角川書店 2005/02/25 再販
本体価格 1700円(税別)
2007/02/20 記録

蝙蝠の気配を感じたわ。

代々医師を務める地方の名家。そこで行われたパーティに起きた惨劇。唯独り事件を 目撃した盲目の美少女。困難を極めた末のあっけない事件の幕切れ。事件から約十年、 事件に巻き込まれた少女が事件についてのレポートを書く決心をする。



冒頭に起きる大量殺人事件について、関係者へのインタヴュー形式で話が進んでいく。 話をする側の視点で細かく章が区切られているので時系列や人間相関がやや解りにくい 部分もあるかもしれない。

淡々と語られていく中、朧気な事件に輪郭がつけられる。事件そのものは派手なはずなのに 凄惨さよりも静謐さが勝っている感じ。伏線があって犯人が解るような正統派本格ミステリィ ではないだろう。

どちらかというとクライムノベルに近いような気がする。始めは単なる事件関係者だった ものが、話が進むにつれ肉付けされそれぞれの視点での主人公となっていくのは、やはり 筆力の成せる技と云えるだろう。

一応サプライズも用意されてはいるが、むしろ蛇足に感じられてしまうかも。長くて暑い 夏休みが終わった時のような読後感が心地よかった。恩田陸らしい作品。


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