魂魄堂 読了書覚書 - 西澤保彦 -


■両性具有迷宮
双葉社 2002/01/10 初版
本体価格 1900円(税別)
2002/02/21 記録

「うちゅうじん?」

小説家の森奈津子がある日コンビニへ行くと、突如爆弾が破裂したような衝撃を受ける。 だが実際には何の被害もなく、いぶかしんだが暫く後に、自分に男性器が生えてしまっている 事に気が付いた。夢で出逢ったシロクマ型宇宙人が、自分たちがやった事であると説明 してくれた。それからすぐに、森奈津子の周辺で奇妙な連続殺人事件が発生する。

梗概だけ聞くと、西澤氏お得意のSFパズラかと思うのだが、内情は全く異なる。登場人物 自体、倉坂鬼一郎氏ら実在の人間であり、ミステリィ部分はとってつけただけに過ぎないのだ。 結局作者は、そういった自分の交友関係者を登場させたミステリィパロディを同人誌的感覚 で描いたに過ぎない。

ひたすら本筋には関係のないセックスシーンが続きウンザリするし、それも前述の同人誌的 の印象を後押しするものでしかない。読んでいてぐいぐい引き込まれる事もなければ、 感情移入する事もなく、そしてラストシーンは肩すかしとしか思われない。

西澤作品ワースト、と云って良いかも知れない。


■異邦人
集英社 2001/10/10 初版
本体価格 1600円(税別)
2002/04/27 記録

「わたし、意地悪だったかしら」

大学助教授の影二じょうじは年末に実家に帰る 為に飛行場に来ていた。そこから実家の姉に電話をして、頼まれた小説を買ったあと、 飛行機に乗って地元へと戻ってきた。だがそこは地元ではあったが、時が20年以上遡って いた。父が浜辺で死体となって発見された、あの年に。



久しぶりのSF的設定。でも設定よりもプロットが重視されているようで、過去にあったような SF縛りルールのような説明はない。本格パズラではないのである。だからといって面白くない わけはなく、物語に重点を置いているので読書牽引力は抜群。

西澤氏得意の心理的な掘り下げが巧く、影二の心の揺れ動きがしっかりと描写され、 ともすればミステリィ部分を忘れてしまいそうだ。途中出てくる女子中学生のキャラクタも 独特で、タイムスリップの設定を物語上に馴染ませる触媒となっている。

一応タイムスリップに際してのルール付けは行われているようだが、パズラ的な厳密な ものではなくトリック的な意味合いは無い。そういう意味でも、今までのSFパズラとは 一線を画しているだろう。

一応ミステリィとしての環を閉じているが、読者からするとストレイトに思いついてしまいそう である。一応伏線らしき描写はあるのだが、登場人物が少なすぎるし、ミステリィとしての 縛りが緩いためさほどのインパクトは無い。

しかし、本作品はミステリィ部分は単なる彩りとしての存在意義しかないのだろう。 あくまでも物語に重点を置いており、その点に関しては成功していると思う。装丁の ちょっと掠れたような色合いも内容とマッチしており、何だか懐かしいような切ないような 読後感を醸し出す。

最近の西澤氏は人間の心理描写に重点を置き始めたのかな。しかしちょっと気になるのは、




■謎亭論処 匠千暁の事件簿
ノンノベル 2000/04/10 初版
本体価格 857円(税別)
2002/05/03 記録

「ふ、不心得者でございました」


盗まれる答案用紙の問題
女子校の教諭をしているボアンが、ふと職員室に忘れ物を取りに来ると机の上にあった答案用紙が なくなっている。その直前、ボアンの隣の机に書類の束を置こうとした女性教諭の姿をみたのだが・・・・・・

これはパズラではないだろうな。タックの推論が全然論理に基づいていないし、犯人の行動が常軌を 逸してるというか子供じみているというか。そもそも犯人の動機や行動がかなり奇矯で実効性のない のが問題か。



見知らぬ督促状の問題
マンションの住人に覚えのない家賃の督促状が届く。単なる悪戯にも思えたが、その督促状が ある規則に則って出されている事に疑問をもつ。督促状に隠された犯人の意図とは?

これも1ヶ所、推論に無理がある処があるがそれを除くとなかなかに論理的だし、短編としては プロットも複雑に練られているのではないだろうか。心理的証拠としての伏線もしっかりとしていて 愉しめた。



消えた上履きの問題
ボアンのクラスでクラス全員の上履きが盗まれるという事件が起こる。盗まれた上履きは近くに 捨てられているのが発見されたが、その翌日、当日欠席していた学生が屍体で発見される。

日常の謎が一変して変死事件に。上履き消失の謎に関しては鮮やかに解き明かしているが、 変死事件の方はそれほどでもない。当然、両者の謎は密接に関連しているのだが、これも 犯人の行動原理があまりにクイズ的過ぎている。余りに的確な模範解答過ぎるために、 答えを予め知っている上で話しているように感じてしまった。



呼び出された婚約者の問題
ウサコが聞いた奇妙な事件。ある男が婚約した際、昔の恋人に逢う約束をさせられる。だが、当日 その昔の恋人は車の中で見知らぬ男と無理心中をしていた。調査の結果、昔の恋人と一緒に 死んだ男との間に何の関連も見出せなかった。

プロットが巧妙。論理を組み立てては崩し、また別の論理を構築し、という流れを愉しく読むこと が出来た。短編の割に登場人物が多く、その関連性が複雑なのにも唸ってしまう。犯人の意外性 もあるし、この短編集でもかなり上位に入るのではないだろうか。



懲りない無礼者の問題
ボアンが学生から聞いた奇妙な話。学生が電車に乗り込むと、一緒に中年カップルも乗り込んだ。 だがそのカップルは態度も悪く、車中でずっとこの土地の人間の悪口をまくし立てていた。だが奇妙な 事に、その学生が体験したのとまったく同じ経験をある教諭が2年前に体験しているという。カップルの 服装や人相、そしてその行動までもが映したかのように全く同じであったのだという。

日常の謎が転じて・・・・・・という話。しかし不確定要素が多すぎて論理的とは云えないだろう。 まあ情報が伝聞でしかも時間が経ちすぎているし、導き出された結果が面白かったからそれで 良いのかもしれないけど。犯人像が余りに変すぎるのもちょっと。ラストの台詞でちょっとだけ 救われたかも。



閉じこめられる容疑者の問題
呑み屋でのカップルが、警察関係者から聞いたという事件について話している。ある朝、密室状態の 家で見つかった女性の他殺死体。その家には死んだ女性の息子とその妻しか居なかったのだという。 果たして犯人はどちらなのかカップルが話していると・・・・・・

論理的パズラと見せかけてアクロバティックな印象を受ける。なるほどね、これはちょっと巧い手かも しれない。しっかりとレッドへリングに引っかかってしまった。この短編集に収録されているって事も ある意味ひっかけになってるかも。



印字された不幸の手紙の問題
郵送された封書は不幸の手紙だった。それは丁寧に次の相手に送るための私製葉書と切手までもが 同封された、ちょっと奇妙な手紙だった。それが受け取った学生のクラス全員に届いていたのだという。 果たしてこれは単なる愉快犯なのだろうか?

犯人の行動原理に無理がありすぎ。それに最初に与えられた情報で論理を構築できずに、関係者に 追加の捜査を依頼してしまっては、ちょっと趣旨から外れてしまうような気がする。あくまでも論理パズル として実際の証拠などには拘らない展開だと思っていただけに。



新・麦酒の家の問題
ボアンがある悪戯をしかける為にタックを誘う。結局はタカチとウサコも一緒になって、ボアンは ある豪邸へと無断で侵入する。するとそこには山と積まれた麦酒が。

厳密には「新」がつくなら「新・麦酒の家の冒険」ではとか重箱の隅をつついてみるテスト。 論理展開はかなり重厚だが、いくらパズラでもミステリィにおいてそんな犯人は無しでしょう。 ちょっと興醒めしてしまう。まあ犯人の張った迂遠な罠とそれを解析するアプローチは十分 愉しめたけど。ボアンの過去とかタカチとタックの関係とか、本筋ではない部分も面白かったし。


読了書覚書目録へ