魂魄堂 読了書覚書 - 山田正紀 -


■ミステリ・オペラ 宿命城殺人事件
早川書房 2000/04/30 初版
本体価格 2300円(税別)
2001/08/11 記録

「検閲図書館───」

萩原桐子の夫、祐介が自殺したと連絡が入る。屍体は何故か半分にちぎったトランプの コピーをポケットに入れていた。そして自宅の机の上にはトランプが整然と並べられ、そこにも 半分にちぎられたトランプの姿が。だが桐子は喪った筈の祐介の影を感じ、もしかしたら 祐介は生きているのは、と思い始める。その矢先「検閲図書館」の代理人を名乗る男から 善知鳥良一と云う人間が遺したという「宿命城殺人事件」の手記を譲って欲しいと話を 持ちかけられ、桐子は手記を読み始めた。



まさに大作にふさわしい。50余年に渡る時間を結びつけ、そして過去と現代にそれぞれ 蠱惑的な謎が散りばめられている。更に過去と現在は独立した存在では無く、時間を 越えて存在する「検閲図書館」の存在が際だつ。

現代編ではパラレルワールドと云うSF的ガジェットで物語に深みを持たせ、視点である桐子の 不安定さが眩暈感を引き出す。伏線も細かく、事件に直接関係ないような行動にも しっかりと理由付けが為されていて唸らせる。

過去(手記)編では、まずその旧仮名遣いに構えてしまうかも知れない。決して短くは無い 手記のほぼ全編が旧仮名遣いで綴られているからだ。しかしそれも杞憂に終わる。戸惑い を覚えつつも少し読み進むと、その時代性もあるのかすっかりと慣れてしまうのだ。そして そこで語られる事件は現代編には無いアクロバティックを見せ、派手なしかけにぐいぐいと 引き込まれる。

桐子が手記を読む、と云う作中作に近い形で話が進むため、桐子が手記を読むのを中断 するタイミングがまた絶妙。これから盛り上がる、と云う時に読書が中断されやきもきさせられ てしまった。

そしてラストに行われる現代と過去の融合。総ての謎が解体され「宿命」が解き放たれる。 現代と過去の物語は「現実」と「探偵小説」へと変容し、人物のリアリティが喪われる。だが 「探偵小説」と化した現実を紐解くのは「検閲図書館」。唯一「探偵小説」の呪縛を破れる 存在。呪縛破られた時、私たち読者までも「物語」へと。

SF、ファンタジィ、ミステリィのコングロマリッドがそれぞれを巧く引き立て邪魔しあわない。 素晴らしく美しい、そして何より儚い物語。




■夢の中へ
出版芸術社 1994/07/10 初版
本体価格 1500円
2002/02/15 記録

「ねじおじさんか・・・・・・」

30ページほどの作品を集めた短編集。どれもこれも読みやすく、どんどん読んでしまう。 作品の雰囲気はややホラー寄りと云った処だろうか。幻想的な雰囲気が漂い、やはり 山田正紀は器用な作家だな、と再認識。

どの作品も読後感が独特というか、すうっと意識に流れ込んでくる感じ。そしてそのまま 無意識の内に次の作品に手を伸ばしてしまうのである。話はそれぞれまったく無関係 なのに、どうにも辞められない。

タイトルの通り、夢をみているような浮揚感があるのだ。作者本人があとがきで長編よりも こういった短編の方が得意である、と云っていたがそれは正しい認識かも知れない。 この作家の場合、長編になると文章がくどくなってしまうきらいがあり、人によっては 読みにくいと敬遠される要因になりかねないからだ。

山田正紀作品未読の人には、いやそうでなくともお勧めの1冊と云えよう。


■篠婆 骨の街の殺人
講談社ノベルス 2001/10/05 初版
本体価格 800円(税別)
2002/04/29 記録

「卒塔婆、ですか」

鹿頭勇作はトラベルミステリを書く為に、マイナな土地である篠婆に向かってローカル電車 に乗っていた。ところが、目的地到着寸前にうたた寝していた勇作が眼を醒ますと、自分の 他に唯一居た乗客が他殺死体となっていた。そしてその屍体となった男について、ある妙な 話を耳にする。



トラベルミステリィでの新シリーズらしい。どうやら少なくとも全5作にはなるようだ。トラベルミステリィと 聞くだけでちょっと敬遠しがちになるが、そこは山田正紀、単なるトラベル物では終わらない。 一応それらしく時刻表が載っていたりするけど、ハッタリというかなんだかパロディにすら思えて しまう。

中盤まではいいんだけど、後半の謎解きシーンはちょっと無理があるような。もともといろんな 意味で特殊な状況での犯行だっただけに、いわゆる探偵役の論理が飛躍していてもそれなりに 説得力はあるし、それまでのキャラクタ付けからしてもそんなに不自然ではないのだが。

全体的に古色蒼然とした雰囲気が漂っているのは、作者の言葉にある「あの懐かしいトラベル・ ミステリファンの皆さま───」という言葉があるように、作者の 狙いなのだろう。

とりあえずシリーズの1弾目という事で、しかもシリーズを通したキャラクタ作りがなされている 為に、今回はちょっとキャラクタ設定がごちゃごちゃしてしまった印象がある。シリーズ2作目 はもっとすんなり受け入れられるかな。

それにしても山田正紀氏は懐が深いというか、引き出しが多いというか、隠しポケット創り 過ぎというか・・・・・・


■マヂック・オペラ
早川書房 2005/11/30 初版
本体価格 2000円(税別)
2006/07/17 記録

「検閲映画館……」

二・二六事件直前に乃木坂で芸者が刺殺される。その事件は不可思議な密室状態にて 起きていたが何故か捜査らしい捜査が行われない。そんな中、特高警察の志村が 上司命令を受け、ある幻の映画を見るように云われる。その映画を提供した黙忌一郎の 依頼にてある人物の調査を行うことになった。



前作『ミステリ・オペラ』に続くシリーズ二作目。正直なところ、あの大作に続編の 構想があった事自体に驚いた。今回のテーマは昭和史に残る有名な「二・二六事件」が 舞台となっている。

まずはこの事件の概要と登場人物相関をしっかり把握しておかないと後々困る事に なるだろう。それくらいは一覧があってもいいとは思うが…。「二・二六事件」が中心とは 云え、焦点があてられるのはそれを取り巻く細かい不可思議な謎である。

解くべき謎が細かく分かれている事と、黙忌一郎自身が積極的に物語に介入してこない という点では前作より盛り上がりという点ではやや劣るかもしれない。

正直物語の焦点を絞りきれないまま読んでいくと情調に感じてしまう。実際の処は 史実を下敷きにしているとは思えないほど、ミステリィに関する要素が散りばめられているのだが 丁寧な文章によって「昭和」という時空にすっかり縛り付けられ、現代的なミステリィ小説と しての意識が薄れてしまう。

そして物語が収束し始める頃、それまでメインに出てこなかった伏線がどんどん繋がっていく 段になるとぐいぐい引きつけられてしまう。もっとも中核となるトリックに関しては フェアな本格、とまでは云えない(時代的な事もあるのだろう)が読み終わった時に 歴史をたっぷり味わった満足感に包まれるだろう。

万人に自信たっぷりに勧められる作品とは言い難いものの、じっくり腰を据えて読みたい 人にはお勧めしたい作品だ。ミステリィという概念を棚上げしつつ昭和に浸ってください。


翼とざして  アリスの国の不思議
■翼とざして
KAPPAノベルス 2006/05/25 初版
本体価格 800円(税別)
2007/05/23 記録

「すべてはこれからじゃないか」

各国が領有権を主張している南洋の島、鳥迷島に右翼グループの男女七人が上陸した。 無人島のはずの島に上陸直後、仲間の一人が断崖から突き落とされるのを見た。突き落としたのは 「私」で、それを「わたし」が目撃していた…



本書はミステリィというよりもサスペンスに近い。それは作者自身後書きである程度主張している事 であり、サスペンスとミステリィの融合を狙っての事らしい。しかし正直なところその試みはやや失敗に 終わっていると思える。

仮にも「本格推理」を標榜しているのならば、最後まできっちりその路線を外れないで欲しかった。 サスペンスだからといってミステリィ的なお約束(伏線や物理的な証拠)などを放棄する必要は なかっただろう。

戦後をやや過ぎた辺りの雑多な時代を不器用に、そして力強く行きようとする若者たちをもうちょっと 深く掘り下げても良かったかも知れない。彼らの思想と愛憎が既に十分サスペンスの土壌を持っている ような気がするからだ。

終盤一気にクライマックスへ流れ込むも、そこで中途半端に暴かれる謎はちょっと興ざめ。 このトリックを使うならミステリィとしての展開は不要だったとも思えてしまう。中盤までのやや冗長な展開を 終え、漸く盛り上がってきたと思ったら…。

作者の狙いは解らなくもないが、あの山田正紀の筆力ですらもっとページ数が必要だった。


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