魂魄堂 読了書覚書 - 倉知淳 -


■幻獣遁走曲
創元クライム・クラブ 1999/10/20 初版
本体価格 1700円(税別)
2001/09/03 記録

「まあまあ、最後まで聞いてくださいよ、ここからが本題なんですから」

年齢不相応に若く見え、そして猫のように茫洋として猫のような好奇心を持っている猫丸先輩。彼が バイト先で遭遇した奇妙な5つの事件。

「猫の日の事件」
猫丸先輩がバイトしているのは、とあるペットフード会社のイベント会場での警備員。猫丸が入口を 見張っていたVIP用のプレハブ内から指輪が消失した。プレハブの中には無く、正面は猫丸が、 裏口では事件発生の前からイベント参加者が立ち話をしていた。指輪は何処へ消えた?

トリック的にはありふれているかも。それでもアプローチはまあまあで、それなりに纏まっているように 思う。しかしやはりこの手のトリックはもう通じないのではないだろうか。それに猫丸が使った解決方法も 派手な割に疑問が残ってしまう。猫丸らしいといえばらしいのだけど、もうちょっと決定的な何かが 欲しかったかも。

「寝ていてください」
猫丸先輩がバイトしているのは、とある病院で行われている新薬の臨床実験の被験者。処方された 薬を呑んでは、ただベッドで横になるだけ。そんな中、同室の青年が呼び出されたまま戻ってこず、 冷静沈着を誇っていた看護婦が慌てて、青年の使った布団とシーツを回収し始めた。青年はどうなった?

舞台設定が面白い。ベッドでただただ横になるだけ。それでも会話が進むことによって物語が 進行していくのは巧い。でも話を引っ張った割には、オチが弱い気がする。雰囲気がかなり良い だけに肩すかしというかがっかり感が勝る。ミステリィとしての解決はしていないし。でも個人的に とてもお気に入りの短編でした。

「幻獣遁走曲」
猫丸先輩がバイトしているのは、とある珍獣を捕まえんとする「鬼軍曹」の二つ名が似合うおっさんの処。 鬼軍曹と猫丸を含むアルバイトが一斉に珍獣が生息するという池の周りを除草していた時、おっさんが 所持していた「珍獣がいる証拠」である切り抜きが燃やされた。しかしアルバイトには全員アリバイが 成立しているように思えた。放火魔はいずこ?

作品のレベル、という点ではこの短編集中最も高い気がする。猫丸らしい珍獣騒動に、コミカルとさえ 思える鬼軍曹。1つ1つの部品がしっくりとくる。それでいてミステリィ部分もなかなか巧い処理の仕方を しているように思う。単純だけど、聞けば納得。短編ながらしっかりと物語性とミステリィ性の両方を 纏め上げている。

「たたかえ、よりきり仮面」
猫丸先輩がバイトしているのは、とあるスーパーの屋上で行われるヒーローショウの怪人役。暑い日差し の中ショウを続ける彼らの前には客は殆ど居ない。そんな中、1人だけ熱心に見ている少年。彼は健気にも よりきり仮面のために差し入れをしてくれる。だが、その直後よりきり仮面の着ぐるみにブルーベリーのガムが べっとりとつけられていた。犯人は何のためにガムを?

ちょっと伏線が露骨過ぎかも。少年の真理を巧く利用してはいるんだけど、展開があざといというか、解り やすいというか。それでも途中推理談義らしきものがあったりして、愉しく読めた。珍しく猫丸以外のキャラクタ が立っていたのもポイントか。

「トレジャー・ハント・トラップ・トリップ」
猫丸先輩がバイトしているのは、とある山林にある松茸狩りへの案内役。猫丸はこっそりと募集した わずかな人たちを引き連れ、宝の山へ。そこには偽り泣く松茸が。だがみんなで手分けして集めていた はずのカゴに入っていた松茸の数が減っていた。松茸は誰の許に?

物語展開はかなり良いと思う。入山する道中でのやりとりも巧く物語に織り込んでいる。それらヘンゼルと グレーテルが蒔いたパンくずのように散らばった伏線が、少しずつ拾われ1つの固まりになる時、そこに驚愕の 真実が・・・・・・あれ? この最後はちょっと。

総評
以前読んだ『日曜の夜はでたくない』よりはすっきり読めたように思う。まあ、全体的な仕上がりは 多分向こうの方が上なのでしょうけど。特に『寝ていてください』と『幻獣遁走曲』は良かったです。しばらく 自分に合わない作家だと思い、読むのを避けていた節もありましたが、どうやら結構愉しんでいるようです。 なかなか細かい点に注意して書かれているのが解ってきました。うん、悪くないかも。


■占い師はお昼寝中
創元クライム・クラブ 1996/06/25 初版
本体価格 1700円(税別)
2001/10/28 記録

「単純なんだよ、世の中、意外と」

客が居ない時は寝てばかりで全くやる気を見せない似非占い師の辰寅と、その親戚にして 占い師の助手を務める女子大生の美衣子。美衣子は叔父が行う占いが、胡散臭いながらも 叔父のある特異能力に基づいているのを知り、興味を覚える。その能力とは・・・・・・

「三度狐」
新築した家に怪異が起きる、と中堅サラリーマンが訪ねてくる。彼が云うには、会社で書類が無くなったり、 本が無くなったり、ゴルフクラブが消えてしまったのだという。辰寅はそれを「三度狐」の仕業だと占い、本と クラブは縁の下にあると云う。

推理としてはちょっと恣意的で客観的な判断基準が存在していないような気もするが、辰寅と美衣子の やりとり、そして辰寅のアフターフォローが良い味を出している。恣意的、と云ったものの今回の場合は 場所が限定されているだけに推論が的中してもそれ程不自然じゃなくなっているかな。

「水溶霊」
辰寅のもとにポルターガイスト現象についての相談が。依頼者は美人会社員で、帰宅した彼女が 見たのは寝室が散らかり、鏡台の化粧品が粉々になっていた不思議な現象だった。そして次には 台所に整然と並べられた食器類と零れた醤油であったという。

確かに原因を突き止めるのは難しくないだろうが、それをあんな質問だけで理論的に構築出来る ものだろうか。いや、別に本格である必要性は無いし説得力に問題は無いのだけど。何より問題なのは 原因となった人物の行動が余りに不自然すぎるという事だろうか。

「映りたがりの幽霊」
大学生が心霊写真なるものを持参してきた。数枚あったそれには確かに不自然な存在が映っていた が、辰寅は無害な霊であるとそのまま帰してしまう。

話は面白いのだが、やはり設定に無理がありすぎる。辰寅の推理が先にあって、それに合わせたような 違和感が拭えないのだ。日常の謎、というには余りに非日常的な行動じゃないか?

「雪だるまロンド」
ごく普通のおばさんが「もう一人の自分がいる」と訪ねてくる。彼女がいうには、キャンセルした覚えのない 町内旅行を自分でキャンセルした事になっているし、行ったことの無い宝石店に自分の手袋を忘れていた事に なっていると云う。

・・・・・・いくらなんでもそんな解りやすい嘘をつくとは思えないんだけど。

「占い師は外出中」
珍しく辰寅が外出中に老人が2人訪ねてくる。成り行きで占いをする羽目になった美衣子が叔父を 真似て事の真相を暴こうとする。

これは面白い。美衣子の行動も面白いし、真実への伏線がしっかりと提示されている。それ故に 辰寅の言動に説得力を感じられるし、オチも悪くない。とてもしっかりとした安楽椅子探偵小説に 仕上がっている。個人的にはこの作品集のイチオシ。

「壁抜け大入道」
ある子供が父親にかけられた窃盗の容疑を晴らして欲しいと訪ねてくる。その子供は大入道が壁をすり抜けて 密室に侵入したのを目撃したと訴える。一旦はその依頼を断った辰寅だったが、美衣子が独断で捜査に 乗り出してしまう。

これも伏線がなかなか微妙。しかしテーマに合わせる為に、犯人像が牽強付会になってしまってちょっと 興醒めかも。普通の推理短編なら悪くなかったかもしれないが、そうすると今度はインパクトに欠けるし。 でもロジックは悪くない。
総評
キャラクタが面白いのに救われて読んでいてとても愉しい。しかし推理小説だと認識するとちょっと評価が 厳しくなってしまう。安楽椅子探偵といえども、決定的、客観的事実が殆ど提示されないのが不満と云えば 不満。まあ、安楽椅子探偵そのものが余り事実を重要視しない傾向にあるのだろうけど。それでも 最後の2作品は十分に及第点。


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