魂魄堂 読了書覚書 - 北川歩実 -


■僕を殺した女
新潮社 1995/06/20 初版
本体価格 1400円
2002/03/02 記録

「真実を伝えておきたいだけよ」

気が付くと僕は見知らぬ部屋で見知らぬ女性と一緒に居た。しかも「僕」は何故か 女性の姿になっていたし、知らない内に時間が5年も経過していた。更に自分だと 思っていた人物が他に存在しているという。

いきなり蠱惑的な状況を提示される。登場人物と同様の謎を突きつけられ困惑 しつつも、先の展開が気になって仕方がない。傍目にはSF的な展開にしか思えないが、 安易にSF的プロットを採択しては居ない。あくまでも論理的に話は進み、そしてそれが 二転三転し・・・・・・

井上夢人氏の某作品を先に読んでいたので、何となく似たようなイメージを抱いていたけど そのアプローチは全く違うものであった。作中での論理的な展開に見事に振り回されつつ、 ラストへの収斂は綺麗に纏めてくれた。

若干バタバタしすぎた感も無くは無いが、それにしてもちょっとばかり残念なのが、 この現象に関する説明が物足りなく、リアリティが多少なりとも喪われてしまっている 事だろうか。


■硝子のドレス
新潮社 1996/03/20 初版
本体価格 1600円
2002/03/30 記録

「君が必要だ。他の誰でもない」

菅見が海外出張から帰ってくると、恋人の実咲が行方不明になっていた。実咲を見つけるため 手がかりを探し求める菅見は、アルバムにあった1枚の写真にいきつく。時を同じくして菅見が 昔憧れていた千夏がとあるダイエットコンテストに出場する事になる。そして事態は意外な展開へ。

プロットが複雑で叙述的な要素があるために梗概が書きにくい。狙いは解るのだけど、プロットを 捻り過ぎなのではないだろうか。前半から中盤にかけての展開が目まぐるしく、それに加えて 中途半端に叙述的要素が含まれているために、文章が不自然にぼやけてくる。

複雑なプロットと、小手先のトリックがうまく噛み合わさっていないようで、読んでいて時々軋んでいる ような印象を受けた。ラストの落とし方もなんだか平凡すぎて、大山鳴動して鼠一匹と云った 感じか。いや、それも作者の狙いのような気がしてくるが・・・・・・

それにしても、ここぞという盛り上がりがなかったような気がするのが残念だ。


■猿の証言
新潮社 1997/08/20 初版
本体価格 1800円(税別)
2002/04/26 記録

「凄いスキャンダルになる」

チンパンジィの言語能力を研究する井手元が飼育していた天才チンパンジィ・カエデ。 ある事件を契機に大学を追われ失踪した井手元。隠れ家に遺されていた、人間の 言葉を理解するというカエデは、その隠れ家で起きた事件の唯一の目撃者だった。



シチュエイションがユニーク。人間の言語をある程度理解している(かも知れない)けど、 言葉は話せないしコミュニケイションが難しい。唯一の目撃者がいるにも関わらず事件を あっさりと終わらせてくれない。

プロットはかなり練られているけど、ちょっと前半の設定付けに手間取ったかもしれない。 説明的な描写が続くのでこの辺りをもう少しすっきりできれば、読者に対する牽引力が あがったかもしれない。

必要以上にチンパンジィら実験動物に対するヒューマニズムが描写されなったのも 良い選択。まったく皆無では無いものの、登場人物総てがヒューマニズム全開だったら かなりウンザリしていただろう。

地味ながら佳作。でももうちょっと盛り上がりがあっても良かったかな。


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