魂魄堂 読了書覚書 - 加門七海 -


■人丸調伏令(上下)
ソノラマノベルス 2000/05/30 初版
本体価格 933円(税別)・857円(税別)
2001/11/06 記録

「誰にも、渡さない!」

人丸神社の宮司は代々鬼を見、退治する力があると云われていた。現当主の弟である 可那融は最近自分が鬼になってしまう夢にうなされ続けていた。折しも世間では連続猟奇殺人 事件が発生し大騒動に発展しつつある。ある日、融はふとある事に気が付き、そのせいで 猟奇殺人事件は自分がやったのでは、と危惧するようになる。

デビュー作らしい。「完全版」という事でかなり筆は入っているのだろうが、その文章力や人物描写、 そして人間の心理の奥底にある感情など、しっかりと骨太に描写されている。連作中編のような 形で発表されたらしいが、全体としてこれだけの物語をいきなり構築する筆力には唸らされる。

プロットは精緻で、人間関係や人物が無駄なく配置され後半の盛り上がりを前にさり気なく準備 されている点も見逃せない。ただいわゆるアクションシーンにはちょっと難があるようで、どうにも 迫力が伝わってこないのが残念だ。折角霊力のような存在を認められた世界なのに、それを 余り有効活用していない気もしたが、それは私が最近の風潮に毒されてしまっているのかも知れない。

愛と呪い、呪縛と渇望。それらの基本的な人間的欲求と懊悩がひしひしと伝わってくる。傍目には 陰陽師のような鬼退治物語に見えるかもしれないが、作者の思惑はその辺りには全くなく、単に ガジェットとして登場人物たちに都合が良かったに過ぎないのだろう。

猟奇、ホラー、アクション、伝記。このどれもが当てはまりそうで、何か違う。本作品は壮大で 純粋な悲恋物語なのであるのだから。


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