魂魄堂 読了書覚書 - 氷川透 -


■密室は眠れないパズル
原書房 2000/06/23 初版
本体価格 1600円(税別)
2001/07/08 記録

「ぼ、ぼくの冗談は、わかりにくいってよく言われるんです」

推理作家まで目前となりデビュー作の打ち合わせに来ていた氷川が夜遅くに担当編集者らと 話をしていると、階下から呻き声が。駆けつけると男が刺されていて、男は「常務に刺された」と 言い残し死亡する。犯人と思われた男が最上階へエレベータで向かったのを目撃するが、次に エレベータが降りてきた時には内部で常務が他殺死体で発見される。

一見提示された謎は魅力的に思える。しかしながらそれを支えるシチュエーションに少し無理が あるように思える。都会のビルが裏口を封鎖されただけで外に出ることが出来ない、雑誌編集者 や営業マンが携帯電話を持っていない、などと云うのは物語上かなり無理があるだろう。

それに始まっていきなり、作中人物である氷川透の言葉を借りて「本格ミステリィとは?」みたいな 講義が延々と繰り返されるのも興醒めだ。それが斬新で面白いならともかく、ありきたりな古典至上 主義のような内容では如何ともしがたい。

そして問題は屋台骨を支えるはずであるトリック。デビュー作ではなかなか凝ったロジックを披露 してくれたのだが、本作では余りにお粗末なクイズ本レベルのトリックが総てを台無しにしている。 物語に重点を置いてそうな割に、ラストも巧く着地が出来ていない。

本格ミステリィ初心者ならば結構愉しめる作品かも知れないが、ある程度読書遍歴を積んだ 人間からすると内容がスカスカに写ってしまう。しかしメインのトリックがアレではロジックでフォロー する事もかなわないだろうし、評価は低いと云わざるを得ない。


■最後から二番めの真実
講談社ノベルス 2001/02/05 初版
本体価格 980円(税別)
2001/08/05 記録

「あの───変態娘のことですな?」

大学の先輩に呼ばれた氷川は先輩の勤務先の大学へ赴く。話をしていると 教え子が現れ、相談があると部屋を出ていった。だが1人ゼミ室に居た筈の 女性との姿は消え、そこには後から入った警備員の屍体。そして大学の屋上 からその女性との屍体が逆さ吊りにされていた。

トリックのネタやその見せ方は巧い。そして氷川を含めたメンバでの推理合戦も なかなかに臨場感があり、ダミーとなる推理も説得力があって面白い。注目は 氷川の対抗馬となる女子大生、祐天寺美帆の存在だろう。彼女の存在意義 がいまいちわからないが、ともすれば氷川の独断になりがちな推理進行に歯止め を効かせ、より話を膨らませることに成功している。

だが不満が無い事も無い。やはり氷川の性格的な暗さが引っかかるのと、それに 加えゲーテル問題などに結構なページ数を費やしているのも気に掛かる。 ヒロイン役を振られた大倉早苗も、何を考えて行動しているのか解らないし、 そもそも先輩が氷川を招聘した理由にも説得力を感じられない。

どうも全体的にいびつなのだ。登場人物全員が、それも警察関係者を含めて ミステリィ小説の登場人物になりたいかのような振る舞い。探偵役を奪い合う、 祐天寺と大倉、そして住吉先輩。レストレイドをやりたがる刑事。そんな中 氷川だけが流れに逆らおうと独り藻掻く。

小説であろうとする小説の中で、氷川だけが浮いてしまう。それが唯でさえ 茫洋としている氷川を際だたせる。物語に於いての氷川の位置づけをもう少し 自然に出来ないだろうか。著者が語りたい事と、作中氷川が語る事の区別を つけたほうが良いように思う。


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