魂魄堂 読了書覚書 - 東野圭吾 -


■探偵倶楽部
祥伝社ノンポシェット 1996/08/20
本体価格 560円
2001/09/25 記録

「その探偵に何を依頼するんだい」

偽装の夜
社長の喜寿を祝う席において、自室にいた社長が死んでいるのが発見される。しかし社長は離婚調停中 であり、手続きが終わらない段階で死なれては困る事情があった。そこで副社長らは社長を事故死に見せかけようと 企むが、その事情を知らない者が探偵倶楽部を呼び出してしまう。

一見、倒叙もののような展開だが、その底は深くそう単純には終わらない。序盤の倒叙シーンにも細かい 伏線が張られており、短編と云うより中編に近い本作においてなかなかダイナミックな物語の転換に成功している。 密度が濃く、堅実な作品。

罠の中
山上孝三とその家族、そして息子の婚約者が孝三宅に集まった。酒を呑んで入浴に向かった孝三だったが、 暫くの後、彼は浴槽に浸かったまま死んでいるのが発見された。入口には鍵が掛けられており、目立った外傷も 無かったために、彼の死は弱っていた心臓が麻痺したものだと判断される。

地味ながらプロットが細かく、キャラクタの配置、行動などに納得できる理由付けがなされていて、無駄がない。 論理の積み重ねは美しく、その検証にも問題は無い。だが、ある人物の行動に関してはちょっと牽強付会と いうか、都合が良すぎるような気もしないでもない。その人物ならば、この事件そのものの発生を防ごうとするような 気がする。

依頼人の娘
学校から帰ってきた美幸は、家で自分の母親が殺されているのを知らされる。発見者はたまたま早く帰宅した 父親だったが、美幸は父親の行動や言動に不信感を抱くようになっていた。

美幸の視点で語られるこの事件は、とても哀しく辛い。だが、その心理すらも伏線として利用してしまうプロット の巧さには脱帽させられる。しかしながら事件そのものはそれほど複雑ではなく、単なる聞き込みで事件の概要が 解ってしまうのは少し残念だ。これならある程度時間をかければ警察だって同じ結論に辿り着いてしまうだろう。 物語的にはそれでは拙い事になるのだが。

探偵の使い方
ある主婦から、その配偶者の浮気調査の依頼を受ける。その後に浮気らしき証拠を掴み、依頼を終了したが それから暫くして浮気していた配偶者と、浮気相手らしき女の配偶者までもが毒を呑んで死んでしまう。

パターンとしては珍しい部類。珍しく警察の捜査がメインになっていて、探偵倶楽部は警察の事情調査と云う 形で事件に関わってくるのだ。だから最期まで探偵倶楽部自身が表立って調査をする事は無く、さらに後味の 良くない終わり方をしている。読者としては「で、どうするのさ」と云った感じだが、そこは巧くはぐらかされ放置プレイの 憂き目にあわされる。うーん、ちょっとなあ。

薔薇とナイフ
ある大学教授の娘が妊娠したと聞かされ、教授は相手は自分の下で研究している人間に違いないと、探偵倶楽部に 娘の恋人を捜すように依頼する。その矢先に自宅においてもう1人の娘が何者かに刺殺されると云う事件が起きる。

短いながら無駄が存在しない。これも警察が地道に捜査すれば解りそうな事がいくつかあるのが残念だが、それでも ロジックとプロットが翳ることは無いだろう。物語そのものも巧く、ラストの描写が素晴らしい。犯人の計画としても 有益性・実効性・必要性が揃っていて無理がない。地味なのが唯一の何だが、シリーズとしては秀逸な作品だろう。


■片想い
文藝春秋 2000/03/30
本体価格 1714円(税別)
2002/06/22 記録

「メビウスの帯か・・・・・・面白いですね」

大学でアメフトをやっていた仲間が年に1度集まっていた。それは13回目にも及んでいたが、 集まりを解散した西脇が店の外に出ると、そこに女子マネージャだった美月が立っていた。 集まりを欠席した彼女が何故ここにいるのか。詳しい事情を聞こうと自宅へ美月を伴った 西脇が聞いた言葉とは。



一応殺人事件なんかも関わってくるのだが、本作においてそれは些事に過ぎない。 テーマがしっかりしていて、キャラクタたちの人生がしっかりと描写されているので読み応えが 十分すぎるほど存在しているからだ。

しかしこの作者の凄いところは物語で読者を惹きつけつつ、その面白さ自体が伏線を 見えなくしている。そして物語が盛り上がり読者をぐいぐいと惹きつけておいて、その眼前に 伏線を放り投げる。

その頃にはミステリィ部分なんて半ば忘れかけている読者が、そこでいきなりミステリィ世界に 引き戻される。そしてそれが物語に深みを与え、読者を更に取り込んでいく。

哀しく切なくほろ苦い。そしてちょっとだけビターな甘味を感じてしまう。


■レイクサイド
実業之日本社 2000/03/30
本体価格 1500円(税別)
2002/07/09 記録

「真実です」

子供の勉強の為に合宿として4組の夫婦とその子供が避暑地にやってくる。だがその内の一人、 俊介には別の目的があった。彼以外の夫婦が自分に隠し事をしている事を知っていた。 それには妻も関わっている事を。その為の調査を愛人に依頼していた俊介だったが・・・・・・



文章に無駄が無くて巧すぎる為に凄く地味な印象を与える。本格としてはやや物足りない かもしれない(読者が犯人を指摘できないという意味で)が、伏線はちゃんとあるし、真相に近づくにつれ、 登場人物たちの身分や立場までしっかりと計算されているのが解るだろう。

どちらかというとミステリィというよりもサスペンス的な物語展開だが、プロットがしっかりしている 上にとにかく文章が巧い為に飽きる事が無い。無駄を一切省いているせいでシンプル過ぎて さらっと読めてしまうのが逆に損をしているのでは、と思ってしまう。だが骨太な物語といい、 クセのある登場人物といい、読者の想像をいたく刺激する事は確実。


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