魂魄堂 読了書覚書 - 鮎川哲也 -


■あやつり裁判
晶文社 1988/03/25 初版
本体価格 2300円
2001/10/06 記録

「怖ろしいトリックだ」

今となっては殆ど知る事のない作家、その作品を鮎川哲也が編集して1冊に纏めている。私程度の 知識では1人2人くらいしか知っている名前は無い。時代が時代だけに、現在で云う処の 「本格推理」とは趣を異にするが、なかなか愉しめる作品が多かった。以下、梗概を割愛し 簡単なコメントを。

霧の夜道
長々とした独白ともとれる会話が何を意味するのか、私は単純な意図しか汲み取る事が 出来なかった。地の文がほとんどないので、最後が何を意味しているのか、納得するのに 僅かな時間を要した。狙いは良かったが、もう少し短くても良かったか。

古風な洋服
短いながら凝っている。最後の数行までは、ちょっと物悲しい物語と思わせつつ、なかなか 気の利いた仕掛けが施されていた。シンプルだが、巧い。

翡翠湖の悲劇
本作中2作ある中編の1つ。序盤がちょっと冗長気味かと思っていたが、後々それがしっかりとした 伏線である事に気づかされる。二転三転する展開にも引っ張られるし、全体的に漂う幻想的な 雰囲気も物語に合っている。

あやつり裁判
ネタは面白いんだけど、どうもその見せ方というのが。物語を「結果」として聞かされ、実は こういう訳だったんですよ、と云われてもしっくりとこなかった。

蜘蛛
こういった眩暈感漂う作品は私の好む処。ミステリィ部分に関しては特筆するべき処は無いが、 見せ方が巧い。うん、ラストは良い感じ。

月下の亡霊
・・・・・・何だか中途半端。

麻痺性痴呆患者の犯罪工作
扱っているテーマがなかなか微妙だが、なかなか愉しめた。作中提示された謎も面白く、かなり 現代ミステリィに近い書き方をしている。どうせならきっちりと理詰めで終わって欲しかったが、 この終わり方はこの作品に相応しいのだろうとも思う。

煙突奇談
幻想譚。ミステリィのような印象も受けるが、メインの主題はきっとこちらだろう。 「人が空を飛ぶ話」はミステリィにおいていくつかあるが、これが最上のものかもしれない。

花粉霧
なんとなく引き込まれる文章だが、下手にミステリィ寄りの作品になり、しかもそのミステリィ部分が 余り巧く行っていないのがマイナス要因に。いくらなんでも解り易すぎて物語の良さを阻害している。

アプローチは凄く良い。しかしもう少しロジック的に理詰めてくれれば素晴らしい作品になったと 思う。ある1点において、いくらなんでもそりゃないだろうという展開が。

海底の墓場
もう1つの中編。ミステリィというよりは冒険譚だろう。荒唐無稽ながらなかなか愉しめる。 でも最後の展開はどうだろうか。どうも安易でベタな要素が強く、それまでの荒唐無稽ぶりが 台無しになってしまったような気もするのだが。


■朱の絶筆
祥伝社ノンポシェット 1989/02/20 初版
本体価格 490円
2001/10/21 記録

「アラ、見てたのネ」

人気作家篠崎豪輔が自分の別荘で絞殺された。別荘にいたのは9人の男女であったが、 その内の6人には明確な動機が存在していた。そして篠崎の絶筆と彼の部屋で発見された 燃やされた原稿が、事件を混迷へと導いていく。

何て美しいロジックだろうか。最期まで読み通して思う。終章直前に挿入される「読者への挑戦状」が プロットの完成度を示している。全編が伏線に彩られ、それでいて物語がスムーズに進んでいく のには畏怖の念を禁じ得ない。

舞台設定やキャラクタはありふれていて珍しい物ではないが、昨今の変格ミステリィと比べるまでもなく 完成度が高いものになっている。逆に云うと、その分だけサプライズに対する反応が鈍くなってしまう 可能性もある。余りに緻密な設計図は、素人目にはその価値が解らない事もある。だとしても、 それが凄い物である事だけは十分に理解できるだろう。

だが不満が無いわけでも、ない。いくつかの点において、推論がそのまままかり通っている部分 もあるし、それが解決編に入ってから検証されるのは問題かもしれない。尤も、それは事件において 中核を為さず、枝葉に過ぎない以上単なる揚げ足取りになるのかもしれないが。



■赤い密室 名探偵星影龍三全集 1
出版芸術社 1996/08/20 初版
本体価格 1600円
2001/12/30 記録

「だって彼は有名な私立探偵なんだぜ」

名探偵・星影龍三シリーズを集めた短編集。本作には幻と名高い「呪縛再現」が 収録されている。短編、といったが長さといいその濃さといい中編に近いものがあり、 それも並の作家ならば長編に引き延ばしてもおかしくない程のエッセンスが濃縮されて いるように思える。

呪縛再現
『リラ荘事件』の原型ともいえる中編。途中までの展開はほぼ同じだが、面白いのは 名探偵である筈の星影の他にアリバイトリック方面の名探偵である鬼貫が絡んでくる 事だろうか。個人的には時刻表を使ったアリバイトリックは苦手なので、正直肩すかしの 印象が拭えないが『リラ荘〜』を先に読んでいたので、そのギャップを素直に愉しむ事が できた。星影の最初の事件のせいかまだ彼の扱いが低い処も面白い。

赤い密室
ミステリィ部分は結構ありがちなトリックだが、それでも精緻なプロットがそう思わせない だけの説得力を持っている。それ以外にもこの短い話で語られる登場人物達がとても 魅力的で、彼らの人間くささが物語をより高めていると云えよう。そのエピローグは とても、深い。

黄色い悪魔
ちょっとトリックに無理があるような気がする。伏線は悪くないけど、実際に事件が起きると プロット展開がすぐに解ってしまうのも、ちょっと残念ではあるな。



消えた奇術師
これは完全な短編かな。それ故に読んだら展開が読めるけど、巧く纏め上げていると思う。 ミステリィ部分はともかくとして、個人的にはこのラストの描写がとても秀逸だな、と思う。 この描写が作品の総てといっても過言ではあるまい。小説として極上である。

妖塔記
何となく乱歩を彷彿とさせる世界観が漂う。黄昏時のひっそりとした恐怖感とでも云おうか、 静かな恐怖とでもいおうか。ミステリィとしは、まあ定番ながらもその見せ方が巧い。実際 一流の奇術師は技術的にはそう変わらないもので、どうやって観客に見せるかの違いだと 思っている。簡単なトリックを最大限に見せる事に成功している例と云えるかもしれない。
道化師の檻
これは凄いなあ・・・・・・このページ数でこれだけの緻密なプロットを構築しているとは。とても ロジカルであり、かつ無駄を徹底的に省いているからこそ実現しているのだろう。展開運びも スムーズでだれる事がなく、伏線がとても微妙なのである。この短編に並ぶ程の質を持った 短編というのはそうそう無いであろう。まさに珠玉と云う言葉に相応しく、そしてこの短編集の 最期を飾るにも相応しい。


■青い密室 名探偵星影龍三全集 2
出版芸術社 1996/08/20 初版
本体価格 1600円
2002/01/13 記録

「これも課長の命令ですから・・・・・・」

『赤い密室』に続く星影龍三短編集。こちらもなかなか豪華な布陣で「白い密室」 「青い密室」「朱の絶筆」あたりが注目かも。

白い密室
いわゆる「雪の密室」というやつだ。短編でこれをやるのは難しいと思う。登場人物が 少ないし、今となっては雪密室の構成方法には目新しい物はないだろうから。しかし その難しい条件の中でのこのプロットはなかなか成功していると云える。ちょっと偶然性が 強すぎて推理として成り立つかどうかは疑問に思えるが、物語としては及第点だろう。

薔薇荘殺人事件
なかなか凝ったプロットなんだけど。その割に星影の推理の根拠が弱いような気がするな。 しかし物語としては短編とは思えないほどの出来だし、伏線やサプライズも悪くない。 だけど妙に星影の存在がいびつに思えてしまうのは何故なのだろうか。

悪魔はここに
短編にここまで詰め込むとは。本当に無駄がないプロットだし、伏線やキャラクタがスムーズに 機能して(伏線はちょっと牽強付会かも)いる。サプライズの妙はかなり上質だし、物語もきっちりしている。まあ、トリック的には ちょっと無理があるかもしれないけど、それを含めて「薔薇荘殺人事件」と印象が重なるんだけど、 出来はこちらの方が上のように思える。

青い密室
これは着想が面白い。トリックだけを取り出すと、かなり使い古されたものでしかないが、 その視点をちょっと変えるだけでかなり違った印象を与える事に成功している。解ってしまうと 確かに単純で、すぐに解ってもおかしくないんだけど、これは盲点でした。

砂とくらげと
プロットは結構ありがちのような感じ。流石にページ数が少ないせいか、どうも伏線が 目立ってしまう。うーん、ちょっと薄味。

茜荘事件
「○○荘殺人事件」が多いな。タイトルには余り拘っていないのかな。しかし目撃証言は ちょっと都合が良すぎるし、そもそも警察の捜査で真相があっさりと解りそうなものだけど。 少し詰めが甘い、かな。

悪魔の灰


朱の絶筆
後に長編作品に書き起こされた作品。まあ、今更言及するまでもないでしょうけど。 長編と短編の両方を読んでも、どっちにも違和感を感じない完成度というのは素晴らしいに つきる。それでも長編を先に読んでしまっているので、ちょっと物足りない印象を拭えないが、 短編から先に読んでいたら、更に驚愕していただろう。でも短編だと最期にでてくるあの 設定は不要だったような気もするけど。


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