魂魄堂 読了書覚書 - 泡坂妻夫 -


■乱れからくり
角川文庫 1979/04/25 初版
本体価格 420円
2001/07/05 記録
(該当文庫は絶版の為リンク先は復刻版)

「からくり身上という言葉がある」

正直古くさい・・・・・・そう思っていた。しかしそれは間違いだった。とても嬉しい事に・・・・・・ 私の想像を裏切ってくれたのだから。いきなり隕石が落ちてくる、と云う荒唐無稽な 始まりだったが、総ては計算の内であった事を知るだろう。私も含める最近の読者に とって最早苔むした過去の産物だと思っていた。だが、その文章は新鮮さを喪わず、 キャラクタも魅力十分なのである。

流石にトリック的には斬新とは思えないかも知れない。しかし想像するに当時としては かなり蠱惑的なトリックだったのでは無いか。今読んだとしても目新しさは無いが堅実で 作者の巧妙な手腕が伝わってくる。トリックだけでは無く、ミスリードも鮮やかで物語を より面白くさせている。

伏線に関しては巧い部分もあればあからさまな部分もあるし、ちょっとアンフェアになりそうな 部分もある。ミステリィの基本がしっかりしているからそんなに気になる事では無いが。 昨今の派手さやキャラクタに傾きがちな作品に比べ、とても骨太な創りになっているのが とても嬉しい。と云っても決して地味な訳では無い。終盤にはかなりの大仕掛けが 手ぐすね引いて待っているし、探偵・宇内舞子の強烈なキャラクタに魅了される事は 間違いないのだから。


■斜光
角川ノベルス 1988/07/25 初版
本体価格 680円
2001/07/17 記録

「もう・・・・・・どうにでも・・・・・・」

写真館の主人に持ち込まれた縁談の相手は38ながら初婚でとても美しい女性 だった。だが男は見せられた見合い写真に男の影を感じる。女性は処女であったが 男の疑念は消えず、ある時を境にますます疑いを濃くしていった。

メインの話は情事に関する話なのだが、その一方全裸の腐乱死体が発見され 捜査が行われる。当初はこの2つの事柄に何の関連性も無いように見えるが、 話が進んでいくとしっかりと絡み合っている事が解ってくる。

時を越え張り巡らされた絶妙な伏線。本格の作品では無いが、プロットの巧緻に 唸ってしまう。また殺人事件と関連していない、男と女の物語がとても面白く読める。 普通はつまらないと思われる部分も、しっかりとした心理描写やサスペンス的展開 がしっかりと面白い。

そして無駄なく、だけどあっさりしすぎないように描写された濡れ場。それも単にポルノ的 な必要性だけに留まらずに物語に於いてかなりのウェイトを担っている。改めて考えると 全く無駄な要素が感じられないのだ。

これはエンタテインメントとして、ミステリィとして、官能としてとても愉しく読める作品で あると云えよう。


■奇術探偵曾我佳城全集
講談社 2000/06/30 初版
本体価格 3200円
2001/08/10 記録

「佳城さん、素敵だわ。パクジャラジー!」

1980年から2000年にかけて発表された奇術探偵・曾我佳城シリーズの総決算。 作中で流れる時間もリアルタイムと同期しているようで、読み進めるとその時間の 経過や登場人物相関などが如実に伝わってくる。リアルタイムで読んでいた人は 幸せですね。

1つ1つの作品は短編としても短い方だが、伏線が実に巧い。何といっても登場人物 の殆どが奇術関係の人間なので、アクロバティックなトリックも違和感なく提示できる。 そして奇術師ならではの視点で語られることにより、その妙が読者にきちんと理解できる のだ。

トリックも物理的な物だけでなく、心理的なものもあり、暗号ありとバリエーションに 富んでいて飽きるという事はないだろう。驚嘆すべきはこれだけシリーズを重ねながら 似通った作品が無いというオリジナリティと、世界観の構築の手腕だろう。

奇術が絡んでくるからといって、総てに魔術が絡んでくるという訳でもなく、だが根底には しっかりと魔術的要素が流れている。

そしてサブキャラクタの使い方が巧い。サブキャラクタを巧く再登場させ、それぞれに 関連性を持たせる事により、それらの会話から時代の変遷が読みとれる。シリーズの 締め方もきっちりとしているが、まさかあんな纏め方をするとは思いもよりませんでした。 この1冊に総てが集約されていると思うと貴重な1冊ではないだろうか。


■妖盗S79号
文藝春秋 1987/07/15 初版
本体価格 1200円
2001/09/12 記録

「ああ、何という商売だろう・・・・・・」

正体不明の怪盗「S79号」と、それを追う2人の刑事が綴る短編集。本作は 梗概を知らない方が愉しめると思うので詳細は割愛。

当初は怪盗の方が主役だと思われたものの、その実この刑事たちこそが主役 なのであろう。そのイメージはともすると「ルパン三世」の銭形警部を彷彿とさせる。 警察の敵として追いかけながらも、どこか畏敬の念を忘れない。いつもまにか 創り上げられる奇妙な信頼関係に、微笑ましさを覚える。

怪盗の使うトリック自体は大した事がないが、それだけにドタバタ感が増して 愉しく読める。かと云って単なるドタバタだけに留まっていない。短編集でありながらも 連作であり、しっかりとラストへ向けての準備が為されている。

ラストはとても、哀しく切なく、そして2人の刑事たちが格好いい。終わってしまうの とっても勿体なく思う。それまで平凡以下にしか見えなかった彼らがとっても輝いて 見える。安寧を捨て、充足を求めた彼ら。彼ら自身はどう思っているのかは 解らないが、私にはとても満足しているように思えるのだ。何か1つに打ち込める・・・・・・ それはとても素晴らしく、そして美しい。


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