魂魄堂 読了書覚書 - 飛鳥部勝則 -


■殉教カテリナ車輪
創元推理文庫 2001/07/27 初版
本体価格 740円(税別)
2001/11/13 記録

「あなたの罪は、許されている」

学芸員の矢部がふと出逢った2枚の絵。彼はそれに何故か惹かれ、その絵の調査 を開始する。だが彼の前に現れたのは、20年前に起きたという不可解な二重密室 殺人事件であった。彼は2枚の絵に隠された主題を追いながら、事件の真相にも 興味を抱き始める。

当初は、どうにも堅苦しい小説を想像していた。「図像学」と聞くと、何だか蘊蓄 満載でしかも全く興味の無さそうなだけに構えてしまっていた。だがそれは良い方に 裏切られる。確かに図像学に関してはピンとこない部分もあったが、それはほんの 撒き餌に過ぎず、中盤からしっかりとして本格ミステリィ色が強まってくる。

それでいてペダンティックと云って良いのか、衒学的な文章運びが印象的で地味ながら 骨太である。しかしやはりミステリィ部分と図像学との関連性がまだ弱い部分も 認められ、それだけに人によっては冗長に思うかも知れない。

だから敢えてミステリィ部分にのみ注目すると、細かい処での仕掛けは成功している が、作者が目論んだと思われる大仕掛けに関しては殆どの読者が看破しうるだろう。 ミステリィ慣れしているような読者であれば、それが作者の仕掛けである事すら 意識することなく解ってしまう。

とは云え、世界観の構築には成功しているし、作品としてのプロットもまずますだろう。 何よりタイトルが素晴らしいのである。


■バベル消滅
角川書店 1999/08/31 初版
本体価格 2200円(税別)
2001/12/23 記録

「ナニ、ヤッテンダ」

小さな田舎町の学校で美術教師が殺された。イーゼルには何故か昔に描き上げたと 思われるバベルの塔をモティーフにした絵画が。それからというもの、事件の発見者となった 田村は自分の廻りにバベルの塔の姿が立ち現れているのを感じるようになる。

掴み所の難しかったデビュー作に比べると、かなり本格寄りの展開を見せている。冒頭で いきなり事件が起き、それに続いて暗合とも思えるようなバベルの塔の出現。謎めいた 少女の存在もそれに拍車をかけていて、とっつき易さという意味ではこちらの方が万人向け なのかもしれない。

しかし今回もわざわざ作者自筆のバベルの絵画が登場する割には、それが物語の中心に 据えられる事は無く、最期までオブジェ的な扱いを受けるに留まっているのはどういう事だろうか。 別段シリーズものではないので、毎回毎回図像学を用いる必然性は勿論無いが、ある意味で この作者の持ち味が喪われているように感じてならない。

さてミステリィ部分に眼を向けてみる。事件はいわゆる「ミッシング・リンク」の様相を呈し、 舞台が殆ど孤島に近いために容疑者も限られ、かなり限定されたミステリィになっている。 唯一の共通項である「バベルの塔」の存在は大きいのだが、全体としてのプロットの組み立て方 が『殉教カテリナ車輪』とほぼ同様なのが気に掛かる。

良く云えばミステリィとして洗練されてきているとも云えるが、どうも異口同音、換骨奪胎と いう印象を拭えない。こちらの作品がデビュー作であるのならば頷ける話なのだが・・・・・・



■ヴェロニカの鍵
文藝春秋 2001/09/30 初版
本体価格 1952円(税別)
2002/01/28 記録

「犯罪を、かね」

2人の画家が居る。1人は偏屈ながら画家として生きる事に成功し、もう1人は 描きたいモティーフを終ぞ描けなかった事に絶望して画家としての成功が叶わなかった。 旧友同士だった2人だが、ある日偏屈が画家を訪ねると自宅のアトリエで他殺体として 死んでいるのを発見してしまう。

珍しくいきなりミステリィ的展開を見せ、登場人物にも珍しくアクティブな探偵役が 登場したりと今までとちょっと様相が違う。それに当初みられた確信的なあざとさも なく、すんなりと物語に入って行けたのも良かった。

それにミステリィ部分と画家に関する話が乖離していなくて、読んでいて不自然さも なかった。心理的な伏線も、まあ許容範囲だったし、この世界においてすんなりと 受け入れられるだけの説得力はあった。


■砂漠の薔薇
カッパノベルス 2000/11/25 初版
本体価格 838円(税別)
2002/03/21 記録

「狂ってるから」

いつもアルバイトをしている喫茶店で、美奈はある女性画家にモデルを頼まれる。 何となく頼みを了承して画家の家に通うようになるが、ある日隣の住人の不可解な 行動を目撃する事になる。その隣の家では数ヶ月前に女子高生が首を斬られるという 猟奇殺人事件が起きていた。

全体的にふわふわと視点が定まらないようなイメージがある。登場人物がすべてどこか 世間離れしているせいなのかもしれない。誰にも感情移入できない程にいびつな世界観が 構築されているのだ。

それはまるで抽象画の内部に入り込んでしまったように、いびつでありながらも破綻せずに 微妙な均衡を保っている。物語は結構普通で、ミステリィの手順をきっちり踏んでいると 云っても良いかも知れない。

それでも最初から最後まで霞が掛かったような印象が拭えないために、どこかで密やかに 何かが起きているような、そんな漠然とした感じが続いている。それでもミスリードやら 伏線やらがきちんと配置されているせいか、ぎこちなくもちゃんと着地している。

ミステリィ的な会話に多くのページが割かれているせいか、既作に観られるような回りくどい 描写は余りみられる事は無い。作者自身も云っているが、本作は本格ミステリィと 云って差し支えないだろう。

謎自体はそれほど凝った物ではないが、物語性がそれを補って余りある。私には十分 愉しめた作品であった。


■冬のスフィンクス
創元クライム・クラブ 2001/08/30 初版
本体価格 2000円(税別)
2002/03/29 記録

「夢の中へ」

楯経介は寝る直前に見た絵画集に夢の中で入り込むことができた。そして楯は夢の中で ある事件に遭遇する。そしてその夢には、今まで行った事のない家や、逢った事のない人物が 正確に登場していた。そして楯は夢の中の事件を解決する為に、友人である亜久直人に 相談したのだが。

本格ミステリィでありながらメタミステリィであるような。それは舞台の大半が夢の中で起きている だけが理由ではないような気がする。作者曰く「ロマンを描いた」との事だが、なかなかに 作者の持つロマンは鬱屈しているようだ。

ロマンとメタとミステリィとが、微妙なバランスで同居している。だからこそ作中におけるような 奇矯な登場人物達が自然に存在できるのだろう。夢が現実と繋がり、現実が夢となる。 何が事実か虚実なのか。

相変わらずの渇いた文章と冬の描写がとても似合う。ふと自分という存在に疑問を持って 本書を読んだとき、何かが深く伝わってくる。

そう、確かにこれはロマンだ。


読了書覚書目録へ