魂魄堂 読了書覚書 - アンソロジィ -


■大密室
新潮社 1999/06/30 初版
本体価格 1500円(税別)
2002/03/01 記録

「学問の基礎は、疑問と疑惑の解明」

タイトル通り「密室」をテーマにしたアンソロジィ。しかしながら、雑誌等で掲載済みの 作品が多く、人によっては少しがっかりするかも。

「壺中庵殺人事件」
有栖川有栖氏作による火村シリーズ。往々にしてこのシリーズの短編は外れが多く 余り期待感は大きくなかったのだが、今回はテーマを絞ったせいかまずまずの出来と 云えるだろう。出入口が天井にしかない、という一見奇妙な部屋の設定も面白く、 密室トリックもなかなかに凝っている。少し穿った云い方をすれば、トリックのために 用意された舞台設定が鼻につく人も居るかも知れないが。

「ある映画の記憶」
恩田陸女史による、この本唯一の書き下ろし。特有のゆったりとして透明感溢れる 文章はやはり魅力的。密室をテーマにした本格推理小説としては、ちょっとアンフェア感が 拭えないが、やはりプロットの妙だろう。全然不快には思えない。とても美しい密室を 見せてくれた。

「不帰屋」
北森鴻氏による作品だが、私は氏の作品を読むのは初めてのためにシリーズ物 なのかどうか判断できなかった。どうやらシリーズ物らしい。民俗学を主軸に置いた シリーズで、話としては面白いのだが、そこに「密室」という枠組みは少しばかり 無理があったようにも思える。こういった作品はプロットで勝負した方が良い作品に なったような気がしてならない。せめてトリックをもう少しどうにかしてくれれば・・・・・・

「揃いすぎ」
倉知淳氏による猫丸シリーズ。これは作品的にもかなり無理があるし、そもそも テーマである「密室」とは云えないんじゃないだろうか。作中ではしきりに不思議がっているが、 厳密には全然不可思議性はなく、その緊張感が伝わってこない。プロットは悪くない ものの見せ方が弱すぎて、ラストのサプライズへの移行が唐突に過ぎるのでは。

「ミハスの落日」
貫井徳郎氏による。珍しく海外が舞台だがこの作品には合っているだろう。しかし これも物語としては美しくて愉しめるのだが、わざわざ「密室」をテーマに集めたアンソロジィ としてはちょっと弱いような気がする。何もトリックばりばりの密室にしろ、とは云わないが 余りに密室から主題がかけ離れているのではないだろうか。

「使用中」
法月綸太郎氏による。珍しく探偵・法月綸太郎が登場しない。舞台設定が妙で それだけで話に引き込まれる。短いページ数をロジックで埋め、物語展開も申し分なく スリリングな緊迫感が心地よい。厳密にはこれも密室とはちょっと違うかも知れないが、 その視点は面白い。

「人形の館の館」
山口雅也氏による。個人的に本アンソロジィ中最高傑作だろう。まさに究極の密室であり、 これだけのものを見せつけられてしまったら、申し訳ないが序盤の作品が一気に消し飛んでしまう。 もはやフェア・アンフェアなどといったせせこましい了見を超越してしまっている。物語の雰囲気も 申し分なく、プロットの完成度も随一だ。


■夜明けのフロスト
ジャーロ傑作短編アンソロジー3』
光文社文庫 2005/12/20 初版
本体価格 571円
2002/03/06 記録

「毒を食らわば皿までっていうだろう?」

『ジャーロ』掲載の傑作短編アンソロジィ。短編が6つに中編が1つ、という構成になっている。 テーマであるクリスマスの描写がとても良い。個人的には中編のフロストシリーズが読みたかった1冊である。

「クリスマスツリー殺人事件」
エドワード・D・ホック作。30年以上昔のクリスマスに起きた連続射殺事件。被害者は全員 赤いトラックにクリスマスツリーを載せていたという共通点があった。いわゆるミッシングリンクもので、 事件自体が古いせいか当時の記録をあたるしかないせいもありやや緊張感に欠けるかも。いくら30年前 とはいえ当時の警察の科学捜査で普通に犯人が見つかると思うのだが。そのためラストにやや不満が。

「Dr.カウチ、大統領を救う」
ナンシー・ピカード作。日常の謎系ミステリィ。獣医があるアメリカ大統領と会話をした、という話を 老獣医が孫に語る。基本的に大統領という存在に馴染みが無い日本人ではちょっと面白みが ないかも。ミステリィ部分はメインではないがちょっとしたスパイスにはなっている。しかし この獣医の語りで「〜なんだよ、フランキー(孫)」「〜なのさ、フランキー」と文節ごとに 出てくるのが読みにくい。

「あの子は誰なの?」
ダグ・アリン作。ある中年たちの元に若い軍人が現れる。彼はその中年たちの誰かが自分の父親だと 告白する。その直後彼は教われ怪我をするが…。容疑者となるべき人数が少なく、聞き込みがメインと なっているが登場人物たちの会話が面白く冗長には感じられない。ミステリィというよりはハードボイルドな 印象が強いが読み応えは十分。

「お宝の猿」
レジナルド・ヒル作。奪われた美術品を奪還する話。短い割にプロットが濃く登場人物も多いため、 じっくり読まないと話の繋がりが解りにくいかもしれない。終盤のサプライズとラストシーンは 素晴らしいが、肝心の美術品を発見するくだりがちょっと物足りないかも。

「わかちあう季節」
マーシャ・マラー&ビル・プロンジーニ作。クリスマスにあるビルに入っている会社が合同で チャリティパーティを行う。その最中、あるオフィスに不審人物が…。ジャンル的には倒叙ものに 入るだろうか。とはいえ読者にあからさまに見せられすぎて証拠を掴んだシーンも「やっぱりか」と 思ってしまうのが残念かも。

「殺しのくちづけ」
ピーター・ラヴゼイ作。とある会計事務所でささやかなクリスマスパーティが行われた。その席上 ある老人が毒殺される。シンプルな毒殺もの。容疑者も場所も時間も限定されているため短編に向いた シチュエーションといえる。犯人を特定する過程がなかなか面白く無駄の無い秀作。

「夜明けのフロスト」
R・D・ウィングフィールド作。いわずと知れたフロスト警部シリーズで、今回は中編。時期がクリスマス、 という事もあり『クリスマスのフロスト』を思い出してしまう。クリスマスの早朝、パトロール中の警官が 放置された赤ちゃんを保護する。それとほぼ同時期に警察署に電話がかかってきて…。フロストシリーズの 面白さは「猥雑さ」にある。大本の事件と小さな事件が錯綜し合流し枝分かれする。そしてフロストを はじめとする不真面目な勤勉警官たちが愚痴をいいつつ地道な捜査にあたる。

今回もやっぱりどうしようもないくらい問題のある警官たちがいろんな事件に巻き込まれる。 会話の妙・プロットの妙がしっかりと手を組んでサクサク読んでいるといつのまにか総ての事件が 収斂されていく様はとても心地いい。 贅沢をいうならば、やはり長編でゆっくりフロストの活躍を見たかったことか。


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